「ただいまー」
「おかえりなさい」
扉を開けて挨拶一番。返事と共に、座敷童子ちゃんが玄関まで迎えに来てくれた。
なんて優しいんだ。ソファに寝っ転がってTVを見つつ、おせんべい齧りながら返事だけを適当に返すようなものぐさおかんとは一味違うぜ!
具体的には……そう、新婚さんの嫁さん的な愛情に満ちたコミュニケーションという感じで。
「ゴハンにする?
お風呂にする?
それとも……俺!?」
「ご主人様、帰ってきた早々にいきなりなにを言ってるんですか?」
思わず尋ねてみたら、呆れたようなため息で返されてしまった。
そう言いながらも、手にしたお盆で顔の下半分を隠している辺り、俺が口にした新婚夫婦ネタが分からない訳でもないらしい。
なんだかんだで長生きしてそうだし、それなりに耳年増なんだろうなぁ。
「いや、次回辺りの挨拶として参考にして欲しいなーと」
「……まだ夕方5時前ですけど。こんな時間から夕飯とかお風呂ですか?」
む、言われてみれば確かに。さすがに明るいうちからベットインは不味かったか。
「結局それ一択ですか!!」
真っ赤になった座敷童子ちゃんに、手にしたお盆で脳天をバシバシドつかれた。
結構痛いので慌てて玄関の外に避難する。
ふふふ、しかし、やっぱり分かってないフリだったか。
これ位で恥ずかしさに耐え切れなくなるとは、まだまだスルー力が足りないぜ座敷童子ちゃん!!
バタン
すると俺の目の前で玄関の扉が閉じました。
そして扉の向こうから聞こえてくる、怒り心頭な様子の座敷童子ちゃんの冷たい声。
「いやらしいご主人様は反省するまでおうちに入れてあげません」
つれなくそう言う座敷童子ちゃんだが、残念ながら家主である俺は鍵を持っているのである。
鍵を回してノブを捻れば……
……回らない。
「ごめん座敷童子ちゃんノブ素手で固定しないで」
「少し外で頭を冷やすがいいです」
その後、玄関前で、扉を挟んだノブの回し合いという、握力を競い合うデスマッチを続けること30分。
俺の握力が身長150センチに満たない幼女様の足元にも及ばないことは痛いほど分かった。
タタミ一畳分の座敷童子
「ふー、焦った……二度と自宅の畳を踏めないかと思ったぜー」
机の脇に鞄とバックパックを置いてから、俺は居間のテーブル前に座り込んだ。。
バックパックの中身は単なる運動用のジャージで、別にビームサーベルが収納されてたりジェットで空を飛んだりはしない。
最近はバックパックにこれみよがしビームサーベル刺さってるのって見ないなぁ。
親父に見せてもらった古い作品じゃ、基本、ビームサーベルは背中に刺さっているモンだったんだが。
「よもや私も家の主人を締め出す羽目になるとは思いもよりませんでした」
ふぅ、と溜息をつきながら、座敷童子ちゃんはバックパックの中からジャージを引き出した。
そのまま匂いを嗅ぎ始めることもなく、手の中で折りたたんで洗濯物置き場の方に持っていってしまった。
ついでに蹴りが一発すねを狙って飛んできたので、俺は慌てて身をひねったかわした。
「そんな変態さんみたいなことはしません!」
しっかり考えを読まれていたらしい。
座敷童子ちゃんは、ジャージを上下それぞれ裏返しにして、洗濯ネットに入れて籠の底に置く。
てっきり洗濯機の使い方が分からずに中に入ってぐるんぐるん回ってしまうんじゃないかと思われた座敷童子ちゃんだが、わずか数日で洗濯のノウハウは覚えてしまった。
今では洗濯するときに洗い物表示を確認してきちんと分別する始末である。
「……なにか不服ですか?」
戻るついでにお茶を淹れていた座敷童子ちゃんが、顔だけ振り向いて俺に言う。
「いや、どんどんオカンと化していくなー、と」
座敷童子って、家のお手伝いをしてくれる妖怪だったっけ?
なんかもっと子供子供したイメージがあったのだが。
「ご主人様こそ子供そのものではないですか。そんなだから、わたしも面倒を見なきゃいけなくなるんです」
お盆に乗せてもってきたお茶を居間のテーブルに置いて、座敷童子ちゃんはちょっと不満そうに頬を膨らませた。
俺の分と座敷童子ちゃんの分。一応、紅茶やコーヒーもあるのだが、やはり緑茶が口に合うらしい。
「さんきゅー」
言ってから、口元に運ぶ。
最近はまだ少し外は冷え込むので、熱いお茶が身体に心地よい。
別に上等の茶というわけでもないのに美味しく感じるのは、やはり座敷童子パワーによるものか。
「そんなものはありません」
冷たくそう言って、座敷童子ちゃんも自分の分の茶を啜る。
背筋をピンと伸ばして、まるで茶道講座の例に書かれた正しい飲み方みたいだ。
いや、俺は茶道とか良く分からないが。
「しかし、妖怪というからには何か素敵な妖力とかあるんじゃないか?
ほら、子泣き爺なら重みで人を押しつぶすし、雪女なら吹雪で人を凍らせるだろ?
そーいう感じのヤツ」
「硬くて重くて先の尖ったモノをご主人様に振り下ろすとかならできますが」
視線を何故か部屋の隅に転がっていたバールのようなものに向けて座敷童子ちゃんが答える。
何時からあったんだあんなもの。
なんだか殺人事件発生フラグが立ってしまいそうな雰囲気になったので、俺は慌てて話を軌道修正した。
「いやいやいや、それは誰にでも出来るから。もっと座敷童子ならではのものとかね?」
こう、お手玉ボンバーとか、おはじきクラッシュとか。
「そもそもどんな必殺技なんでしょうかそれ」
「お手玉を敵にぶつける。相手は死ぬ」
「殺人技じゃないですか!?」
でも、アニメの妖怪モノとかだと大体そんな感じの技みんなもってるぞ。
戦闘できなきゃ一線で活躍できないし、敵役としても中途半端になっちまうしさー。
「ご主人様。それは妖怪に対する誤った認識です。そもそも妖怪というものは、人を襲う怪物ではありません。私だって、殺人技とかできないですけど、ちゃーんと妖怪らしいこともできるのですよ?」
居住まいを正して座敷童子ちゃんが言った。
おお、さすがリアルタイムで活躍中の妖怪さんだ。妖怪の話となると一家言あるらしい。
「ちなみに、どんなことができるの?」
これは期待できるかと思い、ひとつ聞いてみることにした。
その途端、何故か言葉を詰まらせながら視線を宙にさまよわせる座敷童子ちゃん。
「……えーと、座敷童子だけに、ほら、遊ぶこと、とかをですね?」
確かに、座敷童子独自の力とかって言われたら思いつかないしなぁ。
遊ぶのが仕事みたいなイメージがあるし。
しかし、この前ゲームで負けてたような。
「…………」
その瞬間、空気が凍った。
「思いつきましたよ、ご主人様。……わたしの新しい力を」
なんだかツヤのない目になった座敷童子ちゃんが、微笑んでいるようで全然目が笑ってない顔で俺を見る。
そしてその視線が、そっと斜め下へと滑っていく。
釣られるようにその視線を追うと、そこには、さっきからじっと出番を待っている、バールのようなものが転がっていた。
そいつはまるで紀元前からそこに転がっていたかのような顔で、手にとられるのをじっと待っている。
土下座で必死に謝り倒して、なんとか殺人事件発生は勘弁してもらった。
◆
「そういえば、お土産があるんだが」
お茶を啜って気分を転換していたら、ふとそんなものがあったことを思い出した。
そうやらお茶の渋みが俺の死んでいた脳細胞が活動を再開したらしい。俺は机の脇においていた鞄から、紙袋を取り出してテーブルの上に置く。
「ほーら開けてごらん。お土産だよ〜」
そう言って座敷童子ちゃんに差し出してみる。
「はぁ」と答えて座敷童子ちゃんは紙袋を丁寧に開けるとその中身を取り出した。
期待に瞳をキラキラ輝かせながら、貪るように紙袋を引き裂きその中身を取り出そうとするのを期待したのだが。
「なにかいやらしいものでも出てくるかと思ったのですが」
「待て、いくら俺だって玩具を買ってきたといって開けてみたら大人の玩具でしたー、とかやらないぞ?
ああいうの買うには年齢制限あるから俺じゃ買えないし」
「なかったらやるんですか?」
勿論だ!
しかし、大人の玩具という言葉でニュアンスを感じ取ってもらえるということは、もしや座敷童子ちゃんは玩具と名前がついていれば大人向けのアレでも任せとけ!って感じなのだろうか座敷童子的に。
それはちょっと夢のあるイメージだ。いつかどうにかして手に入れる必要がある。
「殴っていいですか?」
「いやすまん、今のはそっと俺の心の中にしまっておくから忘れてくれ」
俺は慌てて首を振り、脳内に広がる素敵妄想を振り払った。
その強大な握力で筋肉を挟み込まれて血管を破裂させたりしたら怖いし。
「そんなことしませんよ!?」
やれない、とは言ってくれないのがちょっと怖い。
それはそれとして。
紙袋の中から出てきた土産物なのだが。
「どうだろう。そいつは実に座敷童子ちゃん向けな遊び道具じゃないかと思って買ってきてみたんだが」
それは、色鮮やかな布で作られた五個のお手玉であった。
帰り道に覗いた100円ショップの片隅にちょこんと置かれていたのを見つけて買ってきたのだ。
「……そうですね。こういうのは、ちょっと懐かしいです」
にぎにぎと、お手玉の感触を確認しながら座敷童子ちゃんが言う。
こっちをちらっと見る視線を感じて、俺はすぐに「あげるから、存分に遊んでくれ」と言った。
「それでは、お言葉に甘えて」
コホンと小さく咳払いをして、座布団の上で居住まいを正す。
両手の中には、俺が買ってきたお手玉を全て、それぞれ2個と3個もっている。
そして座敷童子ちゃんは手にしたお手玉の一つ目を、宙高く放った。
すぼめるように開いた小さな唇から、自然に唄がこぼれていた。
そういえば、お手玉って歌いながらやるんだよな、とか思い出しながら俺は大人しく茶を啜りながらそれを聞いていた。
いちふじ にたか さんなすび
よんせん ごたばこ ろくざとう
ふじのすそのにあさひがのぼり おうぎのまなかにあかいまる
たかはそらへとまいあがり けむりはそらへとのびていく
なすはけがなくけががない ざとうもけががありません
ふわりふわりとお手玉が舞うのを、俺はなんだか催眠術でもかけられたかのような気分でぼーっと見ていた。
くるりくるりと宙を舞うお手玉は、まるで最初からそうなることを申し合わせているかのように、座敷童子ちゃんの手の中に収まっては、すぐにもう一度宙に放られていく。
特にお手玉の跳ぶスピードが早くなっていくわけでもなく、お手玉の数が増えるわけでもなく、唄が終わるとまた次の歌へ。
座敷童子ちゃんが唄を止めて、手の中にお手玉を収めるまでそれは続いた。
◆
「凄いなぁ。なんか言葉にするのは難しいけど、とにかく凄かった。ブラボー」
座敷童子ちゃんによるお手玉ワンマンショー終了後、俺は惜しみない拍手を送った。
お手玉とジャグリングってどう違うんだ?
とか思ってたが、確かにこういうのを見せられると違う気がする。
なんというか、ジャンルとかからして別物っぽい。
「……やろうと思えば包丁とかでもできますが?」
いや、さらに別ジャンルになるのでそれはやめてくれ。見た目が怖いし。
横溝っぽい殺人事件が起こってしまいそうだ。
「いやいや、座敷童子ちゃんの座敷童子っぷりはよく分かったよ。うむ、お手玉買ってきて良かった」
座敷童子ちゃんの機嫌のいいなときにでもまた見せてもらおう。
妖怪だからとか関係なくヒーリング効果とかが備わっている気がする。
「そう言ってくださると嬉しいです」
座敷童子ちゃんも満更ではないようで、嬉しそうに微笑んでから、お手玉を着物の袂に入れた。
大事にしてくれそうで何よりだ。
お手玉も、こんな時代に生まれて100円ショップの片隅に並んでいた不幸を考えると破格の扱いに涙しているに違いない。
今の時代じゃ、購入されたお手玉だって、せいぜい子供が投擲用に使うくらいじゃないだろうか?
「そうですね……昔の遊びですからね」
座敷童子ちゃんは、しみじみと答えた。
俺がオナゴだったならば、座敷童子ちゃんの教えを請うて座敷童子一子相伝のお手玉技術を学ぶところだが、さすがにこの歳の男子としてはそれは恥ずかしいしなぁ。
しかし、昔の遊びかぁ。
ビー玉とか、おはじきとかなら今でも手に入りそうだが。
「なんか、他に昔の遊び道具で好きなものとかある?」
思いつきで聞いてみると、座敷童子ちゃんは少し口元に手を当てて考える様子を見せた。
そうして、ちょっと申し訳なさそうに答える。
「貝あわせ……が好きだったのですけれど、もう手に入れるのも難しいですから」
それは絵柄のついた貝を合わせる遊戯で、すごく昔の遊びなのだそうだ。
昔にいたお屋敷には大事に使っていたものがあったんですけどね、と、座敷童子ちゃんは少し寂しそうに言った。
「………………」
貝合わせ。
「あの、今空気読まずにものすごくいやらしいこと考えませんでした?」
「いやいや、うん。分かってる。そんな性癖が座敷童子ちゃんにある訳がないってことも、すべて俺の変態的な妄想力が悪いってことも、全部分かってる。ただ、ちょっとだけ、ね」
とても穏やかに微笑む俺の心は、俺だけが知っていればいい。
うん、男女じゃできないよね、女の子同士じゃないと。
座敷童子ちゃんがぶふーっと吹いた。
「へ、変態的な」
座敷童子ちゃんが自分の膝の上に両手を置いて、信じられないものを見る目でおれを見ている。
しまった、読まれた!?
「いやホントに分からなくていいから。非生産的なのは良くないよ、うん、やっぱりそういうことは男女じゃないと」
いや違うんだ、これはあくまで知識的なものであって画像とかもたまたま目にした機会はあるけど別に俺にそんな嗜好は。
俺の必死の説明にもかかわらず、座敷童子ちゃんは袂の中にすっと手を差し込んだ。
ほっぺたを真っ赤にしたまま、取り出したものを俺の顔面めがけて放つ。
「お手玉ぼんばぁぁぁーーっ!!」
もちろん、必殺技の効果どおりに俺は死んだ。
つづく
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