「たでーまー」
「おかえりなさ………なにやってるんですかご主人さま」
帰宅一番でいきなりツッコミを受けた。
今日は座敷童子ちゃんがこの部屋に出現してから最初の中学校登校。
一人留守番している座敷童子ちゃんが寂しがってるかもしれないと思って急いで帰ってきたのだが。
「…………べつに寂しがってないですが。あと、その割には遅かったです」
「うむ、これには深い訳が」
帰り道にあった布団屋で、座敷童子ちゃん用の布団セットを買ってきたのだが、送料とかもったいなかったので、そのまま持ち運んできたのである。
あと、興がのったので座敷童子ちゃん用に寝間着やスリッパ、歯ブラシなどの生活用品も買ってきた。
全滅した皿の代わりに新しい皿とかもついでに。
「………それで、その移動要塞もかくやというような大荷物ですか」
まぁ、確かに両手塞がってなおかつ布団を抱えて袋も大量にぶら下げてるから、ちょっと自分でも無茶な荷物量だと思う。
これだけの荷物を抱えてれば、バイクが俺にぶつかってきても、逆に弾き飛ばせたに違いない。
「俺は、面倒なことは早いうちにまとめて片付ける派なのだ」
よいしょ、と荷物を部屋の脇に置いてから、やっとこさ部屋に入った。
山と積もれた荷物を見上げて、座敷童子ちゃんが呆れたように唸った。
「………すごい体力ですね」
「ま、重労働には割と慣れてるからな」
まぁ、それでもキツかったが。
こういうので見栄を張るのが男のサガってもんである。
「無理しちゃ駄目ですよ」
「うむ」
しかし、座敷童子ちゃんは心が読めるので、意地もナニもないのであった。
タタミ一畳分の座敷童子
玄関で突っ立ってるのもなんなので、俺は学生服から私服に着替え、その間に座敷童子ちゃんは荷物を解いて片付け始める。
ちなみに、寝間着は当然浴衣である。
色は白地の薄い柄のもので、これが一番探すのが大変だった。
もちろん俺の趣味である。
「あー、うー……どうも、ありがとうございます」
なんか座敷童子ちゃんの方は、照れればいいのか喜べばいいのか気味悪がればいいのか、というような微妙な表情をされてしまった。。
まぁ、浴衣自体は不評ではなかったらしく、大事そうに座敷童子ちゃん用の洋服棚にしまってくれたので良し。
夜が楽しみである。
「……なんだかいやらしいことを考えているような気がするのですが」
「はっはっはっ。俺はただ、純粋に座敷童子ちゃんの可愛らしい寝間着姿を見たいだけだから安心してくれ」
「…………本気でそう言っているところに底知れない不安を感じます」
ちなみに、洋服棚やタンスはすでに座敷童子ちゃんが管理していて、勝手に座敷童子ちゃん用の棚と俺用の棚を別にされていたりする。
まぁ、座敷童子ちゃん用の棚には俺が購入した下着類とメイド服とかしか入ってなかったりするのだが。
あとは、歯ブラシやらスリッパやらの生活用品を、座敷童子ちゃんは所定の位置に手際よく片付けていく。
その間に、俺は座敷童子ちゃん用の布団セットを押入の中に片付けた。
「……思わず歯ブラシ買って来ちゃって言うのもなんだが、座敷童子って、虫歯とかになるのか?」
「あまりものを食べたりしないので、分かりません。でも、かってきてくださったものはちゃんとつかいますよ?」
「そっかー。さんきゅー」
よし、これで同棲モノの基本であるペアの歯ブラシという夢が実現する!
「…………………ご主人さま、微妙に虚しくないですか?」
「そこで冷静な意見を述べないでくれたまえ」
うん、ちょっと虚しくなった。
「ところで、歯磨き粉はイチゴ味で良かったか?」
「…………そういう気遣いは、微妙に腹立つのですが」
ぬ、考えすぎたか。
座敷童子ちゃんはちょっとお子様扱いされたくない年頃らしい。
「というより、座敷童子あつかいをして欲しいんですが」
座敷童子扱いってなんだ。
座敷童子……見えてないフリとか?
もしくは、奉るとかか?
こう……みんなでぐるりと囲んで、ありがたや〜的な。
「…………なんだか、単なるイジメみたいな気がするんだが」
「ご主人さまの発想が微妙におかしいだけです」
むむ、違ったか。
ええっと、そういうの抜きで座敷童子というと…いっしょに遊ぶとか?
「あ、それは嬉しいです!」
ぱん、と手を叩いて嬉しそうに座敷童子ちゃんが微笑む。
こういうところはたしかに座敷童子らしい。無邪気な子供の顔だ。
「そーいうことなら、任せておけ!
遊びの達人とまで言われた俺だ、現代の遊びというモノを座敷童子ちゃんに教えてやろうではないか!!」
「……あ、これから御夕飯をつくりますから、その後にしましょうね?」
盛り上がったところで、立ち上がった座敷童子ちゃんにやんわりと止められてしまいました。
俺にはむしろ座敷童子ちゃんの方が、座敷童子ではなく単なるオカンと化しているような気がしてならない。
「失礼なことを言わないで下さい。御夕飯の後にちゃんと遊んであげますから」
しかも、微妙に子供扱いされた。
◆
「………なんだか、さいきんの遊びというものは昔とずいぶん違いますね」
「うむ。時代の流れってモンだなぁ」
夕飯を終えて、約束通りの遊びの時間。
二人横に並んで、テレビの前でゲームしてるわけである。
なんかこう、地味だ。
「でも、けっこう面白いです」
ちなみに、遊んでいるのは旧式のゲームのパズルゲームである。
さすがに最新ゲーム機のポリゴングリグリなゲームや、血がドバドバ出る銃弾撃ちまくりの洋ゲーを座敷童子ちゃんにやらせるのはアレだと思うし。
「名作だしな。ゲーム初心者にはやっぱりこれだろう」
「ご主人さまもやったんですか?」
画面に積み上がっていくブロックを危なげない並べて消しつつ、座敷童子ちゃんが聞いてくる。
しかし、ホントに上手いな。
ゲームはじめて一時間でコレはマジで凄い。さすが遊びの神。
「……俺も昔はやりこんだもんだ」
「そんなにですか?」
「…………………血を吐かんばかりにな」
意識が朦朧とするまで遊び尽くし、夢の中どころか普通に生活している間にすら脳裏にブロックが積み上がっていた若き日を思い出す。
あの頃は視界に映るものが全てブロックに見えたもんだ。
「さすがにそれはやりすぎだと思います」
「フッ、いつか座敷童子ちゃんにも分かる日が来る。徹夜明けのゲームクリアの、染みるような朝日の眩しさの素晴らしさが」
「………………いえ、それはちょっと分かりたくないです」
嫌そうに言ってるが、座敷童子ちゃんの指は止まらず、高速で落下してくるブロックを手際よく消していく。
そして、俺には見える!
ブロックが消えてステージが進むたび、座敷童子ちゃんの口元に隠しきれない微笑みが広がっているのが!!
この子にはゲーマーとしての隠し切れぬセンスがある!!!
「……楽しいのは認めますが、変な病気みたいに言わないで下さい」
心の声にすげなく返されてしまった。
仕方ないので座敷童子ちゃんのプレイを大人しく見学することにしよう。
ちなみに俺が見るのはゲーム画面が半分、そしてプレイする座敷童子ちゃんの表情が半分くらいの比率だ。
「むー」
さすがにゲーム中に俺の視線にツッコミを入れる余裕はないらしく、座敷童子ちゃんが苦戦して顔を赤くしたり、苦境を越えて含み笑いしたりする様子をのんびりと観察できた。
いや、あんま見るのは悪いとは思ってるんだが。
なんか思わず目がいってしまうのだ。これが若さか。
と、さすがに恥ずかしくなったのか、座敷童子ちゃんがゲームを止める。
「このゲームは、一人でしか遊べないのですか?」
「んにゃ、対戦もあるけど?」
最新バージョンなので、対戦も二人プレイから通信対戦まで揃っている。
まぁ、少し古いゲームなので通信対戦の相手はあんまりいないが。
このゲーム、対戦だと実力差がはっきりと出過ぎてあんまり人気がないのだ。
「じゃ、せっかくですから勝負しましょう!」
だというのに、座敷童子ちゃんは目を輝かせ、名案とばかりに俺にもう片方のコントローラを差し出した。
「………はっはっはっ、さっきの話を忘れたのか?」
いくらブランクがあろうとも、俺はこのゲームをやり込んでいる。
こう言っちゃなんだが、ハンデをMAXにしても勝負になるまい。
「……勝負しましょう。ご主人さまの鼻っ柱をへし折ってやりたいです」
目が座ってるんだが。
もしかして、ゲームになると人が変わる人なのか?
「いや、対戦ゲームは人間関係の悪化に繋がるから俺はあんまり……」
「敵前逃亡は敗北主義者と見なします」
目つき怖ッ!
「……分かった。やろう」
仕方ないのでコントローラーを受け取る。
ちょっとした名案を思いついたのだ。
「ただし!
俺と勝負するからにはタダの勝負は許さん!! 命賭けの真剣勝負じゃなきゃあ、俺は本気で勝負しないぜ!!」
バーン!!
と指を立てて宣言する。
「一勝負につき、一枚、己の服を一枚賭けるのだ!! これぞあらゆる遊戯勝負の中でも伝説と謳われる死のゲーム!!
脱衣テト…」
「分かりましたそれでいいです」
俺が格好良く宣言する間にあっさりゲーム開始ボタンを押されました。
うわ、なんか本気で目が燃えてますよ。
「いきますよご主人さま。衣服の貯蔵は十分ですね──」
なんかどっかの弓兵みたいなこと言われた。
「いやでも座敷童子ちゃん、やっぱ女の子なんだからこういうことは…」
「臆したかご主人さま」
セリフと俺への敬称が全然噛み合ってないし。
どうやら、座敷童子ちゃんが遊びには決して妥協しない人だというのは間違いないようである。あとスーパー負けず嫌い。
◆
「………情けを受けるなど屈辱です」
「いやマジで勘弁してください。どう見ても俺が犯罪者になってしまいます」
脱ぎかけの格好でプンプン怒る座敷童子ちゃんに、ぺこぺこ平伏する俺。
と、いうのも。
大方の予想を裏切って、勝負は俺の大勝に終わってしまったのである。
さすがに、下の着物を脱ぎそうになっているところで必死に止めて、とりあえず勝負はまた今度ということにしてもらった。
涙目で脱いでるところを見てちょっと萌えたのは心の秘密だが、実際に脱がれたりしたら色々と精神的にアレなことになってしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッッ!!
やめッッ!! やっぱナシ!! これ以上は絶対ヤバイって!!!」
「ご主人さま止めないでください! わたしは、負けたのですから、脱ぎますッッ!!
脱いでやるのですッッ!!」
「うわあああああああああ前を開くなぁぁぁあああああッッ!!」
まさに阿鼻叫喚であった。
お隣の俺に対する評価とか考えたくないです。
警察がまだ来ないところを見ると、なんとか通報は免れたらしい。
というかマジで反省した。
世の中には言って良いことと悪いことがある。
二度とこんな危険な賭けはするまいと心に誓う俺であった。
「駄目です!
いつか、再戦してこの屈辱を晴らします!!」
「いやホントごめんってば……」
許してくれなさそうである。
あああ、後悔先に立たずって言葉はホントだよなぁ……。
座敷童子の恐ろしさというものを始めて実感した一日であった。
つづく
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