夢オチでした。
「朝ですよ、起きてください。寝過ぎると脳がさらに腐りますよ」
なんてこともなく、ゆさゆさと座敷童子ちゃんに肩を揺さぶられて目が覚めた。
なにげにひどいこと言われてる気がしたけど、小鳥のさえずりの如き可愛らしい声なのでちっとも心が痛まない。
ああ、可愛いペットのいる生活ってステキだなぁ。
「…………」
ゴッッゴッッゴッッゴッッゴッッゴッッゴッッゴッッゴッッゴッッゴッッ
「痛い痛い痛いごめんマジごめん今の無しやめてホントマジで」
タタミ一畳分の座敷童子
ゆさゆさじゃなくてオラオラになりました。
心は痛みませんでしたが、体の方が痛めつけられました。
「馬鹿なこと言ってないで起きてください。中学生ということは、学校に行かないといけないんでしょう?」
「今日は日曜だけど」
おお、真っ赤になって恥ずかしがっている。
休日だってのに朝っぱらから起こされた怒りも、この愛らしいリアクションを見ているだけであっという間に消え失せたぜ!
「………ごめんなさい。あと変な目で見ないで下さい」
「謝罪は受け入れるが生き方は変えられない」
胸を張って答えたら、座敷童子ちゃんが深々と溜息をついていた。
「いかんぞ座敷童子ちゃん。溜息をつくと幸せが逃げる」
「……座敷童子にそんな言葉をかけるのはあなたくらいだと思います」
しみじみと答える座敷童子ちゃんの目は、子供な外見にしてはなんだか人生に疲れた風味であった。
さて、とりあえず俺は痛む体に鞭打ってちゃんと起床した。
そして、俺の趣味で購入してあるちゃぶ台に、座敷童子ちゃんと向かい合わせに座る。やはり畳敷きの部屋と言ったらちゃぶ台だ。
座敷童子ちゃんも、これから真面目な話をするのだという俺の気持ちをくみ取って、神妙な顔で正座している。
あらためて陽の光の下で見た座敷童子ちゃんからは、あの最初に遭遇したときの和風ホラーチックな不気味さは微塵も感じない。
やっぱ雰囲気は大事だよなぁ、うん。
「あの、真面目な話をするのでは?」
「おっと失礼、ついつい思考が横道に逸れてしまった」
こういう時は、頭の中を読まれてるってのも便利なもんだなぁ。
「そんな風に思う人は珍しいですよ?」
「まぁ、ケツの穴の小さいヤツはビビるだろうな」
「というか、あなたが中学生というのが、まずわたしには信じられないのですが」
「俺は自分に正直に生きてるからな。だからこんなに威風堂々としている」
「……それについては認めざるを得ません」
沈痛な表情で言われてもなぁ。
まぁ、それはともかく本題に入ろう。
「とりあえず自己紹介だ。俺の名前は」
「はい分かりました」
言う前に頷かれた。
読心マジで便利だ。なんかスゲェいじめられてる気もするが。
「んじゃ、座敷童子ちゃんの名前は?」
聞いてみると、座敷童子ちゃんは少し困った顔で首を傾げた。
「わたしには、名前はありません」
「じゃ、タマで」
「…………………………猫ですかわたしは」
俺の頭に反射的に出てきた名前に、さすがに不服そうな顔を浮かべる。
くっ、ほっぺたを膨らませた顔も可愛い!
「………わたしには名前は必要ありません」
「じゃ、座敷童子ちゃんと呼ぼう、略してざっしーで。よろしくな、ざっしー」
「断じて略さないでください」
座敷童子ちゃんの強い要望により、呼び方は座敷童子ちゃんとなった。
「あ、俺の呼び方はお兄ちゃんで」
「拒否します」
「じゃあ、ダーリンで」
「…………なんだか悪化してるんですけれど」
「ご主人様とかどうだろう?」
「……分かりました、それでいいです」
ええええ、いいのか!?
それはもしかして調教とかハードなプレイもOKのサインですか!
我が家にもとうとう夢のペットシステムが実装される日がッ!!
そういうことなら課金もOKだぜッッ!!
「かってに人で変態的な妄想をくり広げないでください!!」
座敷童子ちゃんが、俺の脳内で繰り広げられた18歳未満お断りな妄想に、一瞬で真っ赤になって抗議の声を上げる。
いやでも可愛い女の子に御主人様って呼ばれたら、感じやすい年頃の中学生日記な俺にはひとたまりもありませんよッ!?
「そういう変な意味ではなくて、家の主人という意味で言ってるんです!」
まだ真っ赤になっている座敷童子ちゃんが力説する。
「おお、なるほど」
そうか、そういえば一応俺はこの部屋の主ってことになるのか。
まぁ、仕送りで家賃払ってるので厳密なところは怪しいんだが、さすがに中学生の身ではバイトもままならないしなぁ。
親父の仕事の手伝いもタマにしていたが、基本的に無料奉仕だったし。
「……わたしは、きちんとご両親と相談したうえで一人暮らしの許可をもらったご主人さまはえらいと思います」
「そーかぁ?」
「そうですよ!
ですから、この部屋の主はご主人さまでまちがいありません!!」
おお、この部屋の座敷童子本人に断言された。
これは確かに、他の追随を許さない最大級の保証だろう。
「それじゃ、これからよろしくな?」
俺は、礼の意味も込めて座敷童子ちゃんの頭をポンポンと撫でた。
にっこりと可愛らしく微笑んで、座敷童子ちゃんも俺の言葉に答える。
「はい、ご主人さま!」
…………。
「……へんなこと想像するのはやめて欲しいのですけれど」
「すまん、無理だ」
さすがにちょっと申し訳なかったが、可愛らしい顔の女の子にそんな呼び方をされると俺の中にあるステキなピンク色の回路がどうしても発動を余儀なくされてしまうのである。
まだまだ俺も若いという事か。
「というか、ご主人さまはまだ中学生なんですから、若いのは当たり前です」
ふぅ、と溜息一つつくと、座敷童子ちゃんはちゃぶ台の前から立ち上がって、先ほど俺が寝ていた布団を片付けはじめた。
座敷童子ちゃんの中では、今の話題は終了したらしい。
布団の片付けとか、小さいのに大変なんじゃないかと思ったが、俺がなにかする前にさっさと布団を窓枠に干してしまった。
「家のことはやっておいてあげますから、ご主人さまは遊びに行ってください」
そう言って、座敷童子ちゃんは、今度はダンボールの中から出していたらしい服を、タンスの中に丁寧に片付けはじめる。
なんだか所帯じみた動作が、こういうことに手慣れているのを感じさせた。
「以前にも家のことを手伝ってたことがありましたから、こういうのは得意なんです。安心して任せて下さって良いですよ?」
なんかまるで嫁さん貰ったみたいだなぁ。
「……なにを考えてるんですか」
おお、少し頬が赤い!
照れてる、照れてるぞ!!
これが中国奥地に伝わる伝説の奥義・ツン=デレというものかッ!!
なんてことを考えていたら、なんとなく意味を察したらしい座敷童子ちゃんにダンボールを投げつけられて追い出された。
◆
遊んでくると言っても、実のところ俺は外に大した用事もなかったのだが。
しかも、学校に登校するような早朝の時間帯である。
こんな日曜日の朝っぱらに、いったい何処へ遊びに行けばいいのかと。
なんて、ちょっと途方もくれそうになったものの、そこはそれ、不屈の魂で名を馳せた俺である。
俺の暇な時間を潰せて、さらにみんなが幸せになれるナイスな案が浮かんだので、すぐさま、実行に移した。
まず、悪友の一人に連絡をつける。
「お、ミミかー?
おはよーさん………む、朝早く悪かったな。ちゃんとこの借りは返すから、話を聞いてくれ……うむ、うむ………ちょっと買い物に付き合って欲しいのだが。…いや、ちょっと俺だけでは売ってる場所が……」
ちょっとした交渉の結果、とある品物の販売店への案内を請け負って貰って、俺は悪友との合流場所へと向かった。
◆
「ただいまー」
「おかえりなさい」
ああ、ただいまにおかえりが帰ってくるのは良いものだなぁ。
数日前まで普通に両親と暮らしていたので、別に聞き慣れてないわけではないが、やはり返事をするのが美少女なので別物である。
今この瞬間、俺の部屋は世界でもトップレベルの幸せ度に満ち溢れているのではないだろうか?
この可愛らしい返事を聞くためになら、俺は例え地獄の底に落ちたとしても、この家に帰ってきて『ただいま』と言うだろう!
「喜んでるのは分かりましたから、いつまでも玄関に突っ立ってないでください」
すげなく座敷童子ちゃんに突っ込まれたので、俺はあらめて部屋に戻った。
朝には引っ越し直後でゴミゴミしていた部屋の中は、座敷童子ちゃんの奮闘によってすっかり片付いている。
「あ、ダンボールの底に隠していたいやらしい本は全部処分しましたから」
うわ、オカンとか以上に男のメカニズムに理解がねぇッ!?
もしかして俺の所持していたエロ本のメインが巨乳系だったのが座敷童子ちゃん的にはちょっと不服だったのか!?
すまない座敷童子ちゃん!
しかし今は法案のせいで幼女系のエロ本を手に入れるのはなかなか困難なんだッ!!
「全然ちっとも全く欠片ほども関係ないです」
断言された。
「しかしさすがに、ご主人様の所持品を断りもなくいきなり捨てるのはどうかと思うんだが。具体的に言うと、性欲をもてあます」
「そういうものはもっと健全な方法で発散してください。ああいうものを読んでいるから、ご主人さまの頭の中が変態的な妄想だらけになってしまうんです」
ピシャリと言い切られた。
うむむむむ、この子は以外と男の中に宿っているビースト的な衝動についてあんまり理解がないんだなぁ。
もしかしてそういったことの知識はないのだろうか。
見た目が見た目だから、さすがに経験は
「これ以上わたしを対象にいやらしいことを考えたらまた思いっきりダンボールをぶつけます。せっかく苦労して片付けた部屋がまた滅茶苦茶になるのはイヤなので、自重してください」
「ついカッとなってやった。今は反省している」
俺の全面的な謝罪で、とりあえずこの件は終わった。
さらば俺の“女教師スペシャル70選”“ピンク色巨乳美女16連発”そして“ムチムチ熟女の放課後課外授業”ッッ!!
「ご主人さま、中学生なのにどうやってあんなに集めたんですか……」
「親父のコレクションから譲り受けた」
「………ご主人さまのご両親が、だんだん信用できなくなってきたのですが」
「息子の俺から見ても、いい親だと思うぞ?」
ちゃぶ台に、よいしょと手にしていた荷物を並べる。
それがなんなのかを俺の心から読みとった座敷童子ちゃんが、掃除の手を止めてちゃぶ台の向こう側に座った。
「というわけで、お土産を買ってきたぞ!
掃除をしてくれた座敷童子ちゃんに、俺からの心からのプレゼントだッ!!」
ちゃぶ台に並べられていく俺のプレゼントッ!!
メイド服ッ!
ネコミミ&ネコしっぽッ!
メガネ(伊達)ッ!!
黒のガーターベルト&黒のストッキングッ!!
そしてランジェリーショップで買い集めた黒系のショーツ類ッ!!!
「さあ、この聖衣(クロス)をフル装備した姿を見せてくれ!!」
「…………まさか本当に買ってくるとは……」
燃え上がる俺のハイテンションに対して、何故か燃え尽きてしまった座敷童子ちゃんがちゃぶ台に沈む。
ちなみに、まだまだ中学生であまり男くさくない容姿の俺は、ランジェリーショップの中にいてもたいして変な目で見られない。
「俺はあまりこういったものの購入ルートには詳しくなかったから、こういうのに詳しい女のダチの協力を受けて買ってきた。もちろん、どれも俺自らの手で選んだ一品なので、安心してくれ」
贈り物を自分で選ばないで他人に任せるような失礼な真似はしない。
一切の妥協はしないのが俺の主義だ。
「……………いっさい安心できないのですが」
「ちゃんと脳内で座敷童子ちゃんが装着した際に似合うかどうかをシミュレートして最適なものを選んだ。絶対似合う。俺を信じろ」
「本気でそう思っているのがすごいです」
もちろん本気だが。
ちなみに、座敷童子はイヌミミかネコミミか、という件については同行した女友達と大いに議論することになった。
最終的には、子供にしか姿を現さないところにツンデレの要素を含んでいるという俺の説が決定打となってネコミミということになったのである。
「心底どうでもいいです」
むぅ、興味を持たれなかったか。残念だ。
仕方なく俺は神の装備一式を片付けた。
「……あ」
と思ったら、なんか反応があった。
ああ、そーかそーか。さすがに下着は欲しいかー。
そーだもんなー、なにしろノーパン。
風でめくれたら『パン・ツー・丸・見え』どころの騒ぎじゃないのだ。
「ご主人さまの視線がいやらしいのが問題なんですっ!」
恨みがましい目で見られたので、とりあえず下着は片付けないで座敷童子ちゃんに進呈することとなった。
あとガーターベルトとストッキングもセットで進呈した。
「そのショーツを穿くときは、この黒のガーダーベルトとストッキングも一緒に装着するのが作法なのだ」
「…………よく分かりませんが、嘘じゃないみたいですね」
少なくとも俺の中では真実だ。
特に、着物に黒ストッキングなんて異種格闘技な組み合わせは、ギャップによる素晴らしい萌えが期待できるッ!!
「…はぁ、分かりました」
一つ溜息をつくと、座敷童子ちゃんは奥のキッチンに引っ込んで、持っていった黒ショーツとガーダーベルトをもそもそと穿きはじめる。
どたん、ごろごろ。
「………あの、このストッキングとガーダーベルトというもの、なんだか穿き方がまるで分からないのですが」
心配して見てみれば、座敷童子ちゃんがでんぐり返っていた。
まさかとは思っていたが、穿き方知らないのか。
「ああ、これはだな、先にショーツを穿くんじゃなくて、まずガーダーベルトから着けるんだよ。んで、次にストッキングを履いてから、ベルトにつけて……」
この辺は、念のために購入した時に同行した女友達からレクチャーして貰っていたので問題なしである。
まず、いったん穿いていたショーツを脱がせてから、改めてガーダーベルドから装着させる。
次にストッキングを穿かせ、ずり落ちないようにベルトで留める。
最後に、ベルトの上からショーツを穿かせて、完成である。
「おお、予想以上の愛らしさ!!
素晴らしいぞ座敷童子ちゃんッ!!!」
ここに、神に愛された天使が誕生した!
その名は座敷童子ちゃんである!!
見よ、この慣れない衣装に少し頬を染める仕草と、着物の裾からわずかに覗くガーターベルトの放つエロチズムとのコラボレーションを!
それはまさに萌えの圧倒的破壊力を秘めた歯車的宇宙空間ッッ!!
「えぇと、誉めてくださることについては、素直に喜びます。……けど、なんだか今、とてつもなく恥ずかしいことをされていたような気が………」
「はっはっはっ」
ちなみに、座敷童子ちゃんの下はちゃんとお子様だった。
「wれgtれw;m;sgh3「r5hl@xzッッ!!!?」
一瞬で瞬間湯沸かし器の如く真っ赤になった座敷童子ちゃんの怒りの一撃により、キッチンは見事大破した。
皿がことごとく割れたのはちょっとした痛手だったが、それよりも皿の破片が俺に刺さりまくったことの方が俺の肉体的に痛手だった。マジ痛い。死ぬ。
あの夫婦喧嘩のド定番である皿アタックをこの身に受ける日があろうとは思いもしなかったぜ!
「もうお嫁にいけません………」
安心してくれ!
俺がちゃんとお嫁に貰うと誓おうッ!!
俺が心に誓った瞬間、お皿が飛んできた。
最後の一枚が割れて、俺の部屋からは全てのお皿が無くなった。
◆
なんだかんだあって、夜になった。
布団に横になって、今日一日を振り返る。
「一緒にお風呂に入ったり、背中を流したりするサービスはなかったか」
それだけが無念だ。
「………一日を振り返ってそれですか」
風呂に入って濡れた自分に髪の毛をバスタオルで丁寧に拭き取りながら、座敷童子ちゃんの冷たい声がツッコミを入れてくる。
残念ながら、いっしょにおフロ♪
というイベントもなかった。
ただ単に、座敷童子ちゃんが俺の後に風呂に入っただけである。
先に入ってもらって良かったのだが、さすがに一番湯は家の主がもらうものだとかなんとかで俺から先に入ったのだ。
これはもしや、座敷童子ちゃんは俺が入った風呂の残り湯に興味があったのではないだろうか。
例えば……飲むとか?
「…………むしろ、ご主人さまがそういうことをしそうなので先に入るのはイヤだったんですが」
うわ、ぶっちゃけられた。
ちなみに、座敷童子ちゃん着替えさせ事件については無事に和解した。
キッチンが大惨事に見舞われたので夕食は店屋物になったのだが、俺が思わず口にした『お詫びの印に好きな物を頼んで良いぞー』の一言で、いきなり座敷童子ちゃんが特上寿司を注文。
俺の財布に対する容赦のない痛撃は、座敷童子ちゃんの俺に対する深い怒りを示していた。
………示していたのだが、特上寿司がよっぽど美味しかったらしく、座敷童子ちゃんの怒りはみるみる瓦解。
あのウニをちまちまと小さい口でちょっとづつ食べるときの幸せそーな笑顔は、財布に受けた痛撃を忘れるほどのものであった。
あの笑顔のためなら、あと一回くらい特上寿司奢っても良いね!
「食事中に人の顔をちらちら覗くのは、行儀が悪いです」
座敷童子ちゃんの幸せそうな顔を思い出していたら、ご本人からげんなりとした声で注意されたので、とりあえず萌えシーンの脳内再生は中断する。
しかし、なんだろう。
「座敷童子と言っても、普通にゴハン食べるし風呂にも入るんだな」
なんとなく一緒にしてしまったが、なんか意外だ。
座敷童子というのはもっとこう、妖精さん的なものだと思っていたのだが、むしろ普通の女の子と変わらない気がする。
「……べつに食べなくてもいいのですけれど、ゴハンを頂くと美味しいですし、お風呂にはいるのはとても気持ちいいです」
濡れた髪を丁寧にタオルで拭きながら、座敷童子さんが答える。
ああ、あとでドライヤーの使い方とか教えてあげよう。さすがに今は眠いからそのまま寝るけど。
む、………寝る?
「そーいや、座敷童子って寝るのか?」
「それはもちろん、寝ますよ?」
おお、そうなのか。
すぴすぴと眠っている座敷童子ちゃんはさぞかし愛らしいであろう。
「よし、おいで」
「……すいません布団を開いてもらってなんですけれどその腕の中に入りたいとは露ほども思えないので遠慮させていただきます」
すげなく断られた。残念。
「しかし、布団は一つしかないのだが」
仕方ない、布団は譲ろう。
俺の匂いにやさしく包まれて眠るがよい。
「断固として断ります」
力強く断られた。
ここは普通、『ああ、これがご主人様の匂い……。いけない、なんだかわたし変な気持ちになってきちゃった』という流れだと思うのだが。
「どこの国の流れかは分かりませんが、わたしはそんな変態じゃないです」
「日本国のごく一部では割と主流だぞ」
俺が答えると、座敷童子ちゃんは深々と溜息をついて、『わたしの知る日本は変わってしまったんですね…』と嘆いていた。
「まぁ、それはそれとして」
ものを横にどけるゼスチャー。座敷童子ちゃんも改めて顔を上げる。
「座敷童子ちゃんの布団はないし、真面目に俺の布団使って良いぞ?
シーツは洗ってたみたいだし、そんなに俺の匂いがどうのって問題はないと思うぞ」
布団から立ち上がってあらためて聞くと、座敷童子ちゃんは首を横に振った。
「布団の中で寝ないといけないわけではありませんから。今夜は、静かに部屋の“どこか”で寝ています」
そう言って、押入の戸を開ける。
押入の中にはいると、座敷童子ちゃんはそのまま戸を閉じた。
「………あれ?」
その瞬間、押入の中から気配が消えた。
「座敷童子ちゃん?」
聞いて、戸を開けてみる。
そこには誰もいなくなっていた。
もちろん、天井への戸が開いた様子もない。
そーか、座敷童子だもんな。そういうこともできておかしくないか。
「……なんか、いきなりだったなぁ」
まぁ、寝ている間だけだろうし、今夜は〜って言ってたから、布団を買ってきたら使ってくれるだろう。
俺は、部屋の灯りを消してから、布団に横になった。
目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってくる。
静寂。
「ぬぅ…………やっぱ、寂しいかも知れん」
昨日が、本当は両親と別れて最初の夜だったのだが、昨晩は座敷童子と話しているうちにいつの間にか寝てたって感じだったし。
そういえば、今夜がはじめて一人で過ごす夜になるのか。
あんまり意識していなかったが、家の中に自分以外の誰もいない、という感覚は、あらためて感じると妙に寂しさを感じさせた。
いかんなぁ、ガキみたいだ。
俺は考えことをやめて、睡魔に身を委ねることにする。
・・・
夢の中で、傍らに誰かの暖かさを感じた。
夢うつつに抱きついてみたら、小さくて可愛い悲鳴が聞こえた気が。
役得ということで、好意は受け止めておこうと思う。
つづく
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