私という意識がこの世界に産まれ落ちたとき、最初に認識したのは、私を喚ぶ声だった。

 私を喚んだ者は、それは順番は逆だという。
 自分が喚んだからお前が産まれた、つまり、喚び声が先で、お前が産まれたのは後だと。

 だけど確かに私は、その喚び声を聞いたのだ。






1話 「外道! 触手生物登場!!」







 私がまず目を開いたとき、その目の前にあったのは、一人の少女だった。

 碧がかった青い大きな瞳と、結ばれていない、足下まで届く長い長い金糸のような金髪。
 子供にしてもずいぶんと小柄な体躯は、しかし女らしい丸みを帯びはじめていて、わずかに膨らんだ胸が女としてささやかな自己主張をしている。
 背丈は10かそこらの子供のようだが、身体つきを見るともう少し上の年齢かも知れない。

 あちこちに金の糸による刺繍の施された、深紅のローブを身に纏っている。
 身に着けている少女の人形めいた美しい顔立ちのせいか、少女の姿は、美しいドレスを身に纏った宮廷の姫君を思わせた。

 その瞳が、驚きに彩られている。
 それだけではない。
 
 私を見上げ、身を屈めて後ずさる姿勢には狼狽が。
 微かに震える細く白い脚には怯えが。

 何かを叫ぼうと口を開き、されど音を発することを忘れたように、微かに震えながらただ口を開閉させる姿には、深い、深い恐怖が見てとれる。

 まるで小鳥のように怯えて、私を見上げている。

「■■■■■」

 声をかけようと口を開いたはずが、音は出なかった。
 伸ばそうとした手は、しかし手ではなく、粘液にまみれた触手だった。

 ――――?

 足下を見ると、足下もまた、薄く透明の粘液にまみれた触手だった。

 恐らく全身が、粘液にまみれた触手だった。

 そのことに違和感を感じることはあったが、その事実に恐怖を感じることはなかった。
 それは、この自分の身体は驚くほどスムーズに自分の思うように動いたからだ。

 自由を失ったわけじゃない。
 視力があるということは、はっきりとは分からないが眼球はあるのだろう。
 視界の微かな違和感は、眼球が一つだからだろうか。
 そうか、私の眼球は一つなのか。

 そんなことを考えていたせいだろう、周囲への注意がおろそかになっていた。

「――――――――!」

 その意味の分からない音の羅列が、私の知らぬ言語なのだと理解すると同時に、何の脈絡もなく重く鈍い衝撃が私の肉体を襲った。
 まるで巨大な刃物を叩き付けられたような、鈍い痛みが私の上半身を焼くと同時に、肉体の半分がごっそりと削ぎ落とされた。

 ビチャビチャと紫色の血飛沫が飛び散り、引き千切られた俺の肉体の一部が周囲に転がる。
 太い触手、細い触手。
 それらのどれもが、私の肉体から離れたにも関わらず、未だに苦しげにのたうっている。

 周囲を見回す。
 いや、たった今、私の眼球は肉体の半ばとともに破壊されたはずだ。

 そうか、新しい眼球を触手の中に作ったのか。

 同じ肉体のあちこちに眼球を作り出し、周囲を注意深く観察する。

 この場所は、冷えた空気が沈殿する石室だ。
 部屋の四方には炎が揺れる燭台が飾られていて、私が立っているのは部屋の中央。
 奥に階段があるが、その先は堅く閉じられた鋼鉄の扉があるのみ。

 そしてこの石室の中には、私と、私の目の前に立つ少女しかいない。

 つまりは、私の前に立つこの少女が。
 その手の中にあるねじくれた木製の杖を使って、どうにかして私に先ほどの痛撃を浴びせたと見て、間違いないだろう。

 なるほど。
 少女の足下はいまだ震えが止まらず、恐怖を完全に消しきれていない。
 だが、そうであるにも関わらず、その目の中にある敵意の炎の強さはどうだろう。

 その瞳の炎の強さからは、どのような恐怖に晒されようとも、決して攻撃を緩めることなく私を滅ぼすつもりであろうという少女の強い意志が見てとれる。、
 その瞳の意志の強さ、その口から助けを求める叫びの一つすら漏れないのは、きっと、あの階段の上にある扉の向こうにすら、彼女を守る者がいないからだろう。

 この場から逃げ出す様子もないのは、この少女に頼る者がいないためなのだ。
 それだけではない、少女の瞳の中にある気高さが、私の手に掛かることを良しとしていないのだ。

 この石室の中には私と少女の二人きり。
 ここで後ずされば、滅びるのは私だ。

「――――――!」

 もう一度、少女の口から上がった先ほどの音。

 少女の可憐な姿に似合う、小鳥のさえずりのように美しい音だったが、同時にそれが私に破滅的な打撃をもたらすことは先ほどの一撃で理解している。

 私は身をひねってその場から逃れようとした。
 このまま棒きれのように立ちつくすのはいかにも不味い。

 恐らく、あの杖だ。あの杖から、私に認識できない類の攻撃が行われている。
 その認識は正しかったようだが、私の試みそのものは失敗した。

 目に見えない何かに身体が縛り付けられている。
 それが、足下に浮かんでいる、薄く輝く奇妙な文様だということに気付いたのと、先ほどと同じ痛撃が私を襲ったのは同時だった。

 ほとんど真正面から先ほどの一撃を受けた私は、ほとんど爆ぜるようにして肉体の大半を失った。
 吹き飛んだ私の体液が空中に散って、引き千切れた無数の触手と一緒に、真正面に立つ少女の身体の周りにぼとぼとと落ちていく。

 半ば吹き飛んだ肉体に、それでも眼球を作り出して、私はその光景を見た。
 少女は、紫の血にまみれながらも、気丈に私の目を見返した。

 杖の先端が私に向けられる。
 ああ、今あの一撃を受けたら、私の肉体は完全に四散してしまうだろう。
 少女に笑みはない。
 私の命を刈り取る寸前であろうというのに、追いつめた者の余裕はなく、むしろ追いつめられたかのように油断無く、最後の一撃を振るおうと小さな口を開いた。

 少女の認識は正しい。

 私の中には、すでに、この状況を打破する手段が浮かんでいた。


 …………ミチミチミチミチッ……

 耳障りな音に、少女の瞳に動揺の色が浮かぶ。
 音の源を辿り自分の身体を見下ろして、少女は微かな悲鳴を上げた。

 少女の身に着けていた衣装を濡らした私の紫の血が、まるで意志を持つかのようにその衣装を浸食し、腐食し、朽ち果てさせていく。
 私の紫の血は、たっぷりとその少女に降り注いだ。
 朽ち果ててパラパラと崩れ落ちていく衣装の下で、下着すらも茶色い滓になって崩れて落ちた。

 白い肌が、石室の四隅に置かれた松明の炎に照らされる。
 少女は半ば反射的に、羞恥に頬を染めながら自らの身体の、前を隠そうとした。

 それはそうだろう。
 確かにその瞬間、触手に浮かび上がった私の無数の瞳は、衣装が無惨に砕け散り、少女の白い肌が晒されていく様をじっと見ていたのだから。
 自分でも驚くことに、その視線には間違いなく欲情による獣の臭さが絡み付いていた。

 その視線は、瞳の中に気高さを秘めたその少女には耐え難いものだったはずだ。
 だが、その隙は、私にとっては絶好の、少女にとっては致命のものだった。

 ありったけの力を込めて、伸ばせる限りの触手を一斉に少女へと向けて伸ばす。
 その目標はただ一つ、少女の手の中にある樫の杖だった。

 少女は、一瞬遅れて我へと返り、私の延ばした無数の触手から逃れようと背後へ後ずさった。
 だが、それも私の計算の内である。

 足下には、先ほど千切られた私の触手がまだ残っていた。
 それが、私の意志に従って床から跳ね上がり、少女の足首に絡み付く。
 完全に意識を正面に向けていた少女は、容易く罠に落ち、ぺたんと床に尻餅を付いた。


 私の触手の範囲からは、逃れきれてない。


 少女の手の中にあった樫の杖を、数本の触手が掴んで、石室の奥へと放る。
 カラカラと音を立てて石床を杖が滑っていき、少女の手から遙か遠くの壁に当たって止まった。

 そして逃げる隙を与えずにその胴を太い触手で拘束した。
 少女の腰回りは驚くほど細く、簡単に二重に巻き付けることが出来る。
 華奢な腰骨と薄い肉の感触が心地よく、触手の先で何度かその感触を楽しむ。

「……っ! …………っっ!?…………っっ!!」

 少女が大きく口を開き、何かを叫ぶ。
 一瞬、私は肉体を強ばらせたが、先ほど受けた痛撃はもう来なかった。
 やはり、あの杖が攻撃手段のキーだったらしい。

 今、この少女が口にしているのは、私に対する罵声なのだろう。
 それならば、気にする必要はない。

 私は少女の身体に無数の触手を絡めると、そのままこの肉体の側へと引きずり込んだ。
 私が逃げられないのだから、確実に動きを押さえつけるため。

 そう考えながらも、暴れようとする少女を見下ろしていると、先ほど、少女の肌を見たときに沸き上がった感情が再び鎌首をもたげてくる。

 奇妙な感情だと思う。
 私は間違いなく、この少女と種族を同じにしていない。
 そうでありながらどうしてこの少女の容姿を美しいと感じるのだろうか。
 繁殖する相手ではないし、自分でもこの少女を使って繁殖することは出来ないと分かっているにも関わらず、間違いなくその身体に欲情している。

 怯えながらも気丈に私を睨み付ける少女の、前を必死に隠す手足が邪魔に感じられて、太い触手をしっかりと巻き付けて、どかしていく。
 剥き出しになった少女の裸体に、私は間違いなく情欲を感じた。
 無数の触手が、私の意識を半ば外れて、少女の肌を嬲るようになぞり始める。

「……――っ…………っっ!…………っっ!!」

 肌を粘液にまみれさせられながら、少女は私に罵声を浴びせかけようとする。
 だが、それも、少女の身体にある種の情動が芽生えるまでだった。

 恥辱に頬を赤く染めて、戸惑うように身をよじる姿にいっそう私の情動は膨れあがり、完全に制御を失った無数の触手は少女の肌を容赦なく陵辱していった。









「――つまり、ムラムラして思わずヤッてしまった、と?」

 腕組みして私を睨み付ける少女の言葉に、ぺたりと台座に身を横たえた私は肯定の意を返す。
 少なくともあの時、私は自分の衝動を抑えきれていなかった。

 だが、今は完全にこの情動を押さえているという自信がある。
 いまだ衣服を纏っていないこの少女の裸体を前にしているにも関わらず、今の私の中にはつい数時間前に生まれた滾る炎のような情動は生まれていないのだから。
 むしろ、自分の行為への後悔というか、反省の気持ちすら生まれている。

「さんざん人の体を好き放題にしておいて、今更なに言ってる」

 好き放題という言葉は正確ではないだろう。
 私の目的は情動を充足させることだったが、その手段は自らの快楽を得るためではなく、むしろ快楽を与えるためだったのだから、私の行為はある意味、好意と言っても良いはずだ。

「……うるさい、黙れっ!! 私は何度も『やめろ!』と……」

 申し訳ないのだがその時点では、私は少女の口にする言語を理解していなかった。
 それが理解できるようになったのは、肌を接触することで感覚を共有することを学び、さらにそれによって自分の飢えを充足させる手段を学んだ上で、実行した結果――

「黙れ変態生物ッッ!!」

 そうすることで、私はコミュニケーションの手段を得られたのだ。
 それ以前は、お互いコミュニケーションが不可能だったし、少女も私に敵意を向けていたのだから、これはコミュニケーションの不足による不幸な事故と言っても良いのではないかと思う。

 結果的にお互い満足のいく時間を得られたことだし、ここは――――

「……だーかーら、そういう事を言うなと言ってるだろうこのケダモノがッ!」

 吐き捨てるように口にされた、その少女の言葉はこの場合は適切ではないだろう。
 明らかに私は一般的に言われる獣とは違う種類の生物なのだから。

「難しそうなことを考えてごまかすな、この鬼畜下劣生命体。お前なんてケダモノ以下だ」

 私がプランクトンだとでも言うのだろうか。
 私の体の構造は私自身も完全には理解していないが、少なくとも私はそういった生物よりも複雑な構造を備えているはずだ。
 なにより、知能という点においては確実に勝っているという自信がある。

「プランクトンの方が人間に無害なだけマシだ。それに、プランクトンの方がお前よりいくらか上品だしな。……それより、いい加減に離せ。このやたらめったら生えてるチ○コもどきを片っ端から引き千切るぞ」

 それはやめて欲しかったので、私は少女の手足に絡めていた触手を引っ込めた。
 再生能力はあっても痛みはあるし、強い痛みは苦痛を伴うのだ。

 だがそれでも、細い触手を一本、腕に絡みつけておくのは忘れない。
 完全に接触が外れれば私からコミュニケーションを行うことが出来なくなる。
 相手に不快感を与えてしまう危険があるとしても、それは私にとって非常に不安に感じられた。

「……考えがダダ漏れだとしてもか?」

 その通りだとも。
 私は当然のように、肯定の意を返す。

 感覚が共有できると言っても、相手の考えが分かるわけではない。
 少女が私を睨んでいるその内心で、どれほどの怒りを燻らせているか、私は分からない。
 もしかしたら愛が芽生えているかも知れない。

「いやそれはないが。キモいぞその思考」

 キモいとか言われて酷く傷ついた。

 まぁ、そんな感じで言語が理解できるようになったのはいいのだが、それ以外の、この世界などに関する知識までは身に付かなかった。
 恐らく、この手段で得られる知識のはコミュニケーションに関するものだけなのだろう。

 この世界の知識のない私にとっては、コミュニケーションが可能で、かつ会話の成立する人間は、大海で溺れている時に見付けた一艘の舟のように魅力的な存在なのだ。
 たぶん、普通の人間ならば、このような状況では会話が成立しないだろう。

「…………そうだな。普通は恐怖に怯えて思考停止してしまうか、悪ければ発狂していただろう」

 自覚はしていたが、そこまで酷かったか。

「無理矢理与えられる快楽が、普通に受け取れるものかよ。自分が気持ちよければ相手も気持ちいいと思うなよ、変態軟体生物が」

 ふむ。やはり、この少女は常人ではなかったか。
 少し話しただけでも十分理解できたが、この少女からは見た目通りの可憐な姿とは相容れない、強い意志の力を感じる。普通の子供とはとても思えない。

 まぁ、謎の杖で魔法っぽい攻撃を加えてきた辺りですでに分かっていたことだが。

「魔法っぽいじゃなくて、魔法だ。お前を召喚したのもな、バケモノ」

 おお……魔法少女か。

「…………魔女だ。……魔女になってから歳を喰わなくなってな」

 なねほど。
 反応からして若作りしてるわけでもないと思っていたが、単に成長しないだけだったか。
 生涯ぺったんことは不憫な。

「バラバラにするぞ?」

 よし、この思考は中止だ。別のことを考えよう。

 えーと、うむむ、つまり私は召喚魔法的な手段で召喚されたということなのだろうが。
 しかし私は一体全体、どこから召喚されたのだろうか?

「……知らないのか?」

 知らない。
 おお、記憶喪失かっ!

「………………喪失するような記憶がないだけじゃないか? どう見ても知的な外見じゃないし、知的な私に召還されたショックで理性に目覚めたんだろう。いや、理性はないか」

 理性はある。たださっきはちょっと抑えきれなかっただけで。

「いや全然ダメだろ」

 反省はしている。
 次回からは善処しようと思う。

「……お前、理屈屋ぶってるだけで実はアホだろ?」

 ひどく失礼なことを言われてしまった。

 だが、否定はすまい。
 なにしろ、この少女は初めて私の人格は認識した相手なのだ。
 その彼女が口にする私の印象が間違ってるという根拠は、私には存在しない。

 この見た目通りに全体的に幼いボディを持つ少女、いやむしろ幼女の言葉は概ね正しいのだろう。
 色々したところ、色々と子供だったのがよく分かったこの少女の口にすることだから、きっと純粋に悪意のない真っ白な気持ちに口にしているに違いない。
 そう、まるで彼女の薄い毛すら生えていないまっさらな――――

「…………よし、お前その目玉一つづつえぐり取ってやるからちょっと目玉貸せ」

 それはご免したい。
 聞くだけで、とても痛そうだというのが伝わってくる。
 全裸であることを恥じて、慌てて前を隠して動けなくなどという展開を期待したのだが。

「あれだけ好き放題されて、今更恥ずかしいもナニもあるか! ……死ね!!」









 もの凄く痛かったが、ちゃんと私の体は再生した。

 十個ほど私の目玉を抉った辺りで飽きたのだろう、さんざん私を虐め倒した少女も、今は部屋の台座に腰かけて半眼で私を睨んでいる。

 この少女がそうだという、魔女というカテゴリの人間は、総じて肉体的にも屈強なものなのだろうか? それともこの少女が度を超して人間として屈強すぎるのだろうか?

「お前が貧弱なんだよ。最初の勢いはどうなったんだ?」

 なんか思ったより力が出なかったのも確かなのだが。
 私だってまさかマジで目を抉りに来るとは想像だにしていなかった。

「……さっきさんざん『ごめんなさいすいませんもう言いませんから勘弁してください』とか謝り倒してたクセに、止めてやったらまたいきなり偉そうなことを考え始めたな?」

 暴力を前には人の意志は屈することもあるのである。

「お前、人じゃないだろ」

 それはそうだが、暴力に弱いというのは全ての生物に共通する認識である。

「まぁ、いい。少しスッキリしたからな」

 少女は溜息を吐くと、ふらりと台座から立ち上がった。
 そして、部屋の端へと歩いていって、私が弾き飛ばした、あの杖を拾い上げる。
 くるりと身体を反転させて、その先端を私の方へと向ける。

 その間、私は台座の上に横たわったまま、身動きもせずに彼女を見ていた。
 細い触手を一本だけ、腕に絡めたまま。

「………………どうすると思う?」

 殺さない方に賭けたい。

 さっき、そのままの勢いで殺されるかと思ったらそうされなかったことだし。
 言動からしても、怒りは感じても憎しみは感じなかった、と、思う。

 私の考えを認めるように、杖を私に向ける少女の腕が下がった。

「召喚してしくじったのは私だしな。お前だってそのまま私を嬲り殺すこともできたのに、それもしなかったんだから、理性が存在するのは認めてやろう」

 助かった。
 私は少女の言葉に感謝した。感謝する。

 あと、よろしければ社会に馴染むまで匿って欲しいと思う。
 そもそも私が馴染めるような社会かというと相当に怪しいと思っているのだが、なんとか生き伸びていくための算段ぐらいは付けたい。
 このままこの石室で一生を終えるというのは、どうか許して欲しい。

「…………仕方ないな」

 私の懇願に、少女は渋い顔を作ったが、やがて仕方なしと言った様子で頷いた。

「どうせ私も社会を追われる身だ。言われた通りにと働くのなら、面倒ぐらいは見てやろう」

 彼女のような可憐で心優しい少女が追われる社会とはいかがなものかと思うが、面倒を見てくれるというのであれば喜んで働こうではないか。

「助けると分かった途端、調子のいいことを言うな……まったく」

 多少照れるように口元を緩ませて、少女はそっぽを向いた。
 その仕草はいかにも見た目通りの少女らしい可愛らしいもので、私を威嚇するように睨み付けていた先ほどまでの彼女とは違う魅力がある。
 いや、あまりこういうことを考えるのは止めよう、筒抜けだし。

「……全くだな。そういうことを考えてるときは、この触手を離せ」

 いまだにその白い細腕に繋がりっぱなしだった細い触手を持ち上げて見せて、少女が言った。
 殴られているときですら、私はそれを繋いでいたのだ。

 まだ、離しているのは不安なのだが、私は少女の腕から触手を解くことにする。

 その寸前で、触手を止めた。
 一つだけ聞き忘れていたことがあることに気付いたのだ。

「今度はなんだ?」

 変な要求でもされると思ったのだろうか、少女が半眼で私を睨むが、そういうつもりはない。
 私が聞きたいことは極めて単純で、コミュニケーションの基本中の基本とも言えることだ。

 つまりは――。



 君の名前を教えてくれませんか?



 少しだけ、間があった。
 目を丸くして不思議そうに少女が黙って。

「……ははは、そういうことか」

 そして、小さく、自嘲気味に笑ってから答えた。

「…………ヒルデガルデ。……ヒルダでいい」

 まるで懐かしい隣人に語りかけるように、優しく微笑んで、そう少女は名乗った。






 その微笑みを見て、私は――――――――。




 なんかムラムラしてきた。

「……ぅおいっっ!!?」


 マジですいません私なんぞの理性では、この溢れ煮えたぎるマグマの如き熱い情動を抑えらることは出来そうにもありません! ごっつぁんです!!



「こっ、このケダモノ触手っっ!! はなせっ、はな……い、いやぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっ!?」









つづく