第21話 「地の底へ駆けろ」





<のどか>



「うあ〜〜っ、しっかしホントに凄いわね、ここ……」

 地下三階層へ降りるや否や、多少呆れた顔で明日菜さんが感嘆の声を上げました。

「あっ……次の道は、こっちです。そちらは行き止まりですから…」

 夕映や図書館探検部のみんなで作った手製の地図を確認しつつ、明日菜さんに行き先を伝えてから、私は大きい懐中電灯を手に先を急ぎます。
 明日菜さんは、もう一度ぐるりと周囲に広がる無数の風景……一面の巨大な本棚……を見回してから、私の横に続いてくれました。

 学園で、明日菜さんが私に怪物さんのことを教えてくれたその日。

 放課後になって夕映とネギ先生からちゃんと聞こうと思って明日菜さんと一緒に探してみると、どうしてか二人は見付かりませんでした。
 帰宅途中の夕映を偶然見ていたハルナから、夕映がネギ先生と一緒に図書館島に向かったと聞いた明日菜さんは、私が何を思うよりも早く怒りだして。
 一緒に地下まで降りて怪物さんに会えば、ネギ先生と夕映も一緒にいるんじゃないかって明日菜さんは言って、私の手を引っぱって図書館島まで付いてきてくれました。

「……しっかし、こんなところにあの怪物がうろついてるの? それって、よく考えたら滅茶苦茶怖い気がするんだけど……」

 肩を両手で抱いて、明日菜さんが小さく震えてそう言います。
 私は、懐中電灯で道を照らしながら明日菜さんの言葉に答えました。

「大丈夫です。見た目は怖いですけど、怪物さんはとってもいい人ですから」

 私の言葉に、しぶしぶという感じで明日菜さんが頷きます。

「ん〜、それは分かってるんだけどさ〜。でもやっぱりいきなり出てきたらかなーり怖くない?」

 チラリと明日菜さんを見ると、警戒するようにきょろきょろと周りを見て、何かが突然飛び出さないかと身構えている様子でした。
 私はその様子が、時々寮で同室のハルナが借りてくるホラー映画を無理矢理見せられている時の自分の姿に重なって、思わず小さく笑ってしまいます。

「私も、少しそうです……けど、いつもそれを気にして、出来るだけ怖くないように出てきてくれるんですよ? ……この前の時は………」

 以前に夕映達と一緒に図書館に下りた時の話をすると、明日菜さんはちょっと変な顔をしながらも、怪物さんが努力してくれているということは納得してくれました。

「……ネギの時も、それで喧嘩…っていうか、なんか物騒なことになってたわけだしね。やっぱり、それはそれで苦労があるのかなー」

「……あると思います…。私も、最初見たときは……すごく、怖がっちゃいました……から」

 図書館島でのことは今でもはっきり思い出せてしまう。
 少し昔と違うのは、昔は悪夢のように忘れられないことだったけど、今は申し訳なさのせいで、忘れられないということ。
 私だったらきっと、叩かれたことより怖がられたことの方を悲しいと思うから。

「ま、過去のことは水に流して、今からちゃんと付き合っていけばいーんじゃない? その方が、あの怪物も喜ぶだろーし」

 軽く笑いながら、明日菜さんがそう言ってくれたので、私は小さく頷きました。
 そうしてから、いつの間にか自分が足を止めていたのに気付いて、慌てて地図を開いてから、先へと進み始めます。

「……でも、ゆえとネギ先生は……何をしに怪物さんの所に行ったんでしょうか……?」

「さーねー。でも、のどかちゃんに説明すること忘れるくらいだから、二人ともよっぽど急いでたんじゃない?」

 明日菜さんの言葉に、少し考え込む。

 答えは見付からなかったけど、その代わりに、明日菜さんから聞いた“昨日本当にあったこと”を思い出てししまって、少しだけ胸が痛んだ。

 あの時、私が不注意で階段から落ちたせいで、怪物さんとネギ先生が良くない出会いをしてしまって戦いになったこと。
 明日菜さんがそれを止めてくれて、ネギ先生と怪物さんは無事に和解することになったこと。
 ネギ先生は、私が感謝していたことを、自分が嘘をついているせいで誤解しているんだと思って、酷く気にしていたこと。
 ネギ先生が、魔法使いだということ。

「………本屋ちゃん、また悩んでない?」
「きゃっ……!」

 急に明日菜さんが横から顔を覗き込んできたので、私は思わず地図を落としてしまいました。
 慌てて拾い上げようとすると、ひょいと明日菜さんが拾ってくれる。

「あの……ネギ先生が魔法使い……ということは、私なんかが聞いちゃっても、良かったんでしょうか?」

 いつか図書館の地下から戻るときに聞かされた、龍宮さんの言葉を思い出していました。
 世の中には覚悟もなく知ってはいけないようなことだってあるんだと、あの時の龍宮さんは私達に教えてくれたから
 ネギ先生が魔法使いだという話も……そういうものなんじゃないのかな?

「いーのいーの。迷惑かけたのは間違いないんだし、アイツが怪物とのことを隠さないなら、中途半端に隠している方がよっぽどヘンなことになりそうだしさー」

 頭の後ろで腕を組んで、明日菜さんが言うのを見て。
 私は、すごく簡単にそんな決断を下してしまう明日菜さんを羨ましく感じてしまいました。

「明日菜さんは、どうしてネギ先生のことを……?」

 ことを……の先をどう言えばいいのか分からなくて、変な問いかけになってしまう。
 それでも気にせず、明日菜さんは答えてくれました。

「だってアイツ、ガキンチョじゃない。一応は家主なんだし、面倒ぐらいは見てやらないとね」

 腰に手を置いて誇らしげに笑う明日菜さんを見て、私は自分の中にあるネギ先生を思いだした。
 私にとってネギ先生は、やっぱりただの子供じゃなくて、尊敬できる優しい先生で……。
 明日菜さんには、ネギ先生は子供らしいところを見せてるのかな……?

 羨ましいような気持ちと、安堵したような気持ちが私の中に浮かび上がっては消える。

 小さく首を振ってそれを振り払おうとしていると、不意に、明日菜さんが私の肩を掴んだ。

「……アスナさん……?」

 尋ねると、明日菜さんは真剣な顔で本棚の並ぶ通路の一角を見ている。
 私もその視線の先を追ってみたけど、なにも見付からない。

 もう一度明日菜さんを見ると、小さい声で答えてくれた。

「なんか、あっちの方で動いたの………本屋ちゃん、ちょっとライトで照らしてくれる?」

 緊張した明日菜さんの声に頷いて、私はそちらを懐中電灯で照らしました。

「……あ…………」

 左右にズラリと本棚が立ち並ぶ通路の奥で、何度も見慣れた怪物さんのホワイトボードが、本棚の影から小さく突き出されていました。
 わずかにそれを掴む触手が見えるだけで、怪物さんの姿は見えません。

 ホワイトボードには、マジックで、こう書かれていました。

《こっちへ来て》

「な、なにあれ……なんか怖いんだけど……?」
「ええっ、えっと……なにか理由があるんだと思います……」

 明日菜さんのうわずった声に、私も小さく震える声で返すしかありません。
 懐中電灯に照らされたホワイトボードが、まるで私達を催促するように、上下にゆっくりと揺れていました。

「………い、行きましょう……」

 小さく明日菜さんに言ってから本棚に囲まれた通路を歩き出すと、明日菜さんも私の腕を小さく掴んで付いてきてくれます。
 そうすると、懐中電灯に照らされていたホワイトボードは、まるで逃げるように本棚の影に消えていきました。

「あれ? 逃げちゃった??」
「……あそこに、なにかあるんでしょうか……?」

 明日菜さんが不思議がりましたけど、私には怪物さんが私達から逃げる理由が思いつかないので、そろそろとホワイトボードが見えていた通路の角まで歩いていきました。

 角の先を照らすと……そこには、本棚にもたれるようにして眠っている、ネギ先生と夕映が、仲良く並べられていました。

「あれっ、ネギ……と、夕映ちゃん?」

 明日菜さんが慌ててネギ先生を軽く揺すりますが、目を覚ます様子はありません。
 私も慌てて夕映のことを軽く揺すってから、身体に何の異常もないことを確認します。

 眠っている夕映を見ていると、怪物さんと初めて会ったときのことを思い出しました。
 もしかして、怪物さんをすごく怖い風に見て気絶しちゃったのかも。

 そう思ってもう一度懐中電灯で周囲を見回すと、今度はまた本棚の通路のずっと遠くに、ホワイトボードが小さく突き出ていました。

《二人とも本棚にぶつかって気絶しちゃいました》

 小さい文字に少し苦労して読んだメッセージに、私は首を傾げました。
 えっと……どんな状況だったんでしょう?

 二人一緒に気絶って……。

 どうしても想像が出来ません。
 もしかして、二人が本を読んでいたところに本棚が倒れかかってきたのかな?

 私が首を傾げて二人が気絶している理由を考えていると、ネギ先生の無事を確かめた明日菜さんが立ち上がって、怪物さんの方に近付いていきました。

「ねー、なんでそんな遠くに隠れてるの? 別に出てきても怖がらないから出てきなよー?」

 カツカツと靴音を響かせて明日菜さんが近付いていくと、怪物さんは慌ててホワイトボードを引っ込めてしまいました。
 そして、もの凄い音を立てて本棚の通路をずっと奥の方へと逃げて行く足音だけが聞こえます。

 無数の濡れ雑巾を一斉に床に叩きつけたみたいな足音……それが、どんどん遠ざかっていくのを、明日菜さんが呆然と見送っていました。

「………え、えっと……もしかして、拗ねちゃった……のかな?」

 どこかぼんやりとした明日菜さんの問いかけに、私も同じように呆然としているだけで、答えを返すことは出来なくて。

 今日のことは今度改めて聞こうということになって、まだ気絶したままの二人を背負って、私と明日菜さんは学園にまた戻ることになりました。

「しっかし、なにやってんのかしら、このガキンチョは……」

「でも、夕映だって……時々、すごい失敗することがありますから……」

 時々休みながら背にした二人を運びながら。
 お互いが背負った同居人のことを明日菜さんと話して、少しだけ楽しい時間を過ごしました。



 でも、本当に……なにがあったのかな?






<エヴァンジェリン>



 図書館島の地下まで続いている直通エレベーターを使い、その最奥へと降りる。

 エレベーターの扉をくぐると、地底図書館まで降りる為に、普通に足を使って降りたなら1時間はかかるような長い螺旋階段を降りなければならない。
 だが、私は“糸”で引いたチャチャゼロを伴い、魔力で作り出した蝙蝠の使い魔を用いて編んだマントで、螺旋階段の中央の虚空を、舞うように降りる。

 図書館島の地の底には、この麻帆良学園の中央に聳え立つ樹高270メートルもの巨木、世界樹の根が張り巡らされている。
 この地下には、その世界樹の根から溢れる魔力が満ちていて、学園内では封じられている、私本来の魔力を制限付きだが振るうことが出来た。

 虚空を魔力を用いて自在に舞うことは、私にとってはひどく心地いいことだ。
 それだけで、自分の口の端に笑みが広がるのが分かる。

「御主人、今日ハゴ機嫌ダナ」

 普段はやかましく感じるチャチャゼロの言葉に、私は笑みで返した。

 大きくマントを翻して空中でターンし、急速に迫った壁を靴の先で強く蹴る。
 反動で中央まで跳んだ身体を、マントを開いて宙に繋ぎ止め、猛禽のように円を描きながら階下へと一気に舞い降りて。

 ばさり、と大きくマントを開いて地上へと着地してから、マントに編み込んでいた無数の使い魔を解放する。
 数十匹もの蝙蝠が、心地良い羽ばたきの音と共に螺旋階段を上へと駆け上っていく。

 私はその羽音を目を閉じたままに聞き惚れ、トン、と一度床を蹴った。

 獣を襲えば一瞬で血を絞り尽くすほどのその無数の蝙蝠の羽音が、螺旋階段の頂上へと届く前に私の魔力の供給を喪って消えていく。
 ゆっくりと目を開いてから、私はもう一度嗤った。

「その通りだチャチャゼロ。私は今、気分がいい」

 興奮を静めるために、髪の毛を掻き上げる。
 指の間をすり抜けていく細い髪の感触が心地良い。

「なにしろ、全て私の望み通りに事が運んでいるのだからな?」

 宿敵であるナギ=スプリングフィールドの息子がこの麻帆良学園に現れ、私の魔力を封じる登校地獄の呪いについての解析は今もなお進みつつある。
 学園に反旗を翻すために必要な魔力は、一般生徒からの吸血という形でわずかづつだが集まりつつあり、未だ学園側にその事実を悟られていない。
 そして、世界樹の魔力の満ちるこの地底図書館は、吸血という形で集めた魔力を体に馴染ませるのには絶好の場所だった。

 これだけの好条件。
 事が始まる前に闘いというものは結果が決まっているとはよく言うが、もしその言葉が真実なら、私の目的はほぼ成就したと言っても良いだろう。

「ケケケ、アノ化ケ物ノ事モカ?」

 体の動きを確かめるように足元でくるりくるりと踊りながら、チャチャゼロが笑う。
 私はその言葉に、自分の機嫌が悪くなるのを感じる。

「……ヤツは関係無い。学園の連中に盾突くわけもないだろうし、なによりあのガキを害するのに手を貸すとも思えん」

 わずかに早口で言葉を返す。
 鍛え始めたときには多少は役立てることも考えていたが、今はもうその気すら浮かばない。
 ……例え同じ“怪物”でも、ヤツと私は違う。

 微かな苛立ちと共に目を細めた私に、チャチャゼロのからかうような言葉が返ってきた。

「御主人、聞コエテルンジャネーノカ?」
「………!」

 反射的に口を押さえる。
 あの化け物の聴覚は、異常なまでに鋭い。
 私の訓練で徹底的に鍛え上げたその察知能力は、すでに生物としての特性と呼べる域にまで達している。
 特に建築物の中なら、1フロア全ての音を正確に聞きとることすら出来ていた。

 つまり、地底図書館に降りた私とチャチャゼロの声は、或いはすでにヤツの耳に届いているかもしれない、ということでもある。

 私は、地を蹴って、地底図書館へと続く扉を弾くようにして開けた。
 目を見開いて、その中をゆっくりと見回す。
 “糸”を図書館の中に張り巡らせて空気を小さく揺らし、この場所に隠れているものがないか慎重に調べる。

 あの化け物は、何処にもいなかった。

「……いない、か──────」

 深く息を吐く。
 今まで私がこの時間にこの場所を訪れたことはなかったから、恐らく図書館の中を彷徨いているのだろう。

「ケケケ、命拾イシヤガッタゼ」

 いつものように笑いながら、最近新調してやった小さなナイフをジャグリングしているチャチャゼロを強く睨んでおく。
 その視線を受け止めて、チャチャゼロは軽く肩をすくめた。
 今のは私が悪いと言いたいのだろう。

「……あまりいらん事を言うな」

 釘を刺してから、歩き出す。

 地底図書館の中央に湛えられた巨大な透明の湖。
 その湖の側に広がる砂浜、壁になっている巨大な本棚から流れ落ちる滝から少し離れた位置に、私の指定席にしている白いテーブルセットがある。

 いつものようにそこに座り、私はあの化け物が来るのを待つことにした。









 暇な時間の手慰みに手近な木を相手に投げナイフで遊び始めたチャチャゼロを尻目に、私はテーブルに置かれていたヤツの私物らしい恋愛小説を読んでいた。

 最近に書かれたものであろうその物語はなんとも捻りのない甘ったるい話で、それを好んで読むあの化け物の趣味を疑いたくなる。
 ほとんど何の障害もないままに結ばれた相思相愛の男女が、特異な点のまるでない平板な日常を舞台に戯れるだけの話など、どこが楽しいのか。

「……いい加減、遅いな」

 続きものだったその小説の四冊目を手に取りながら、呟く。
 私がここに来てから、すでに小一時間ほどの時間が過ぎていた。

 どうせ暇を持て余しているのならば、チャチャゼロにヤツを呼びに向かわせることを考えて、声をかけようと視線を向ける。
 いつの間にか、チャチャゼロは投げナイフを手の中に、じっと天井を見ていた。

「……チャチャゼロ?」

 尋ねながら、天井に視線を向ける。

 チャチャゼロの視線の先を追うと、予想した通り、天井に張り巡らされた世界樹の根の隙間からこちらを覗いている、あの化け物の姿があった。
 私と目があった瞬間に、ヤツはその身をすくみ上がらせ、来たときと逆の動作を経て自分が出てきた天井の隙間へと引っ込んでいく。

 ……いや、何故逃げる。

「………許可する、ヤツを落とせ」
「アイアイサー、御主人」

 こういう時だけは私の命令に対するチャチャゼロの反応は早い。
 その手の中から投げナイフが三本ほど消えると、影となって真っ直ぐにあの化け物の触手のうち、壁に張り付いているものに突き刺さった。

 それなりにお互い手数を踏んだお陰で、チャチャゼロもあの化け物が自分の身体を支えるのにどうやって触手を使うかを心得ている。
 三本のナイフが完全にヤツの体重を支えていた触手の機能を止めると同時に、支えを失ったヤツの身体は、私達の待ち構える地底図書館の中へと落下した。

 最後に私が、空中でもがくヤツの身体を幾重か重ねた“糸”を使って一度軽くバウンドさせて砂浜へと落下させる。

 私は、手に取っていた小説をテーブルに置いて椅子から降り、砂浜で触手をくねらせて必死に立ち上がろうとしているヤツの側まで歩いた。
 今履いている靴では多少砂浜に足を取られるが、まぁ、今さらこの化け物が私に襲いかかってくることもないだろうと気にしないでおく。

 軽く、爪先でヤツの触手のうちの一本を蹴った。

「……おい、何故いきなり逃げ出した」

 自分でも不機嫌な声になっていると思う。
 コイツが私を前に恐怖に震え上がるのは望むところだが、隠身の修行の相手をしてやるようになってからはもう半月ほどになる。
 今更、出会い頭に逃げ出すというのは気分のいい話ではない。

「御主人ガ睨ムカラ、ビビッタンジャネーノカ?」

 そういう風に投げたのだろう、天井に浅く刺さっていたナイフが落下してきたのを軽く跳んでキャッチしながら、チャチャゼロが私の足元にやってくる。

 ……別に睨みつけたりはしていない。

 一度チャチャゼロを睨んでから視線を戻すと、やっと化け物が立ち上がる。

 まぁ、見たままを言うならば、立ち上がるというより、目玉のある部分が上側になるという形容の方が正しいんだが、長い付き合いでなんとなくそういう風に見えるようになった。

「…………それで、弁明は?」

 いつものようにヤツの触手の一本にはホワイトボードが抱えられている。
 一度そのホワイトボードを何処から持ってきたかを尋ねたら、私のクラスメイトでもある綾瀬夕映から贈られたものだと言っていた。
 そのことを思い出し、多少苛立たしい気分になる。

 腕組みをして睨んでやると、化け物は慌てるようにホワイトボードを触手の中から引き出した。

 細い触手がマジックを掴み、精緻な動きでホワイトボードに文字を書いていく。
 この化け物とのやりとりでは何度も見てきたその動作は、驚くほど滑らかで自然だ。
 ただの触手一本の動きだけで、まるで人間の指の中にあるペンを操るかのように、決して粗雑ではない文字をこの化け物はホワイトボードに書いていく。
 触手のただ一本だけでこれだけ正確な動作が出来るのならば、全てを同時に使うことになれば、どれほどの作業を行うことが出来るのか。

 それを想像するだけでも、背筋に僅かに震えが走る。

 この化け物は、自分の能力というものを理解していない。
 その肉体の使い道さえ完璧に理解すれば、恐ろしいまでのその能力で自らの欲望の欲しいがままに振る舞うことも出来るだろうに。

 そう、例えば……

「御主人、ナンカサッキカラ目ツキオカシクネーカ?」

 煩いチャチャゼロ。
 口やかましい従者が足元から私の顔を覗き込んでいるのに気付いて、私は自分の思考を止めた。
 確かに、多少自分の思考に没頭しすぎたせいか、頬がわずかに熱い。

 いつの間にか化け物もメッセージを書き終えていたらしく、その太い触手の一本にホワイトボードを捧げ持ち、私へと向けていた。

《エヴァンジェリンさんは、正気ですか?》

 いきなり、なんて失礼なことを言い出すのかコイツは。
 正気に決まっているだろう。

「オイ、ドーイウコトダ?」

 足元でチャチャゼロが尋ねるのに答えて、化け物が再び裏返したホワイトボードへと、触手の中に掴んだマジックを走らせ始める。
 何処かもどかしく感じて、私は多少声を苛立たせながら口を開いた。

「……もう弁明はいい。それより、お前は私の修行を受けるんじゃなかったのか?」

 組んでいた腕を解いて、腰を手をあてる。
 私の咎めるような視線を受けて、化け物はマジックを動かす触手を止めた。

 それでいい。
 つまらん弁明など別に聞きたくもないからな。

 ふと思いつき、私はヤツが触手に握っていたホワイトボードの掴みに手を伸ばした。
 ヤツの触手が掴む上から掴みの部分を握り、多少強めに掴むと、手の中で触手が私の手の中から逃げるように動いて、私にホワイトボードを明け渡す。

 手の中に落ちたホワイトボードを、私は砂浜の片隅へと放った。
 いつも後生大事にそれを抱えているのが急に腹立たしく思えたからそうしたのだが、想像以上にそうしたことで自分の気が晴れたのが分かる。
 砂浜へと落ちるホワイトボードを掴もうと化け物が太い触手を伸ばすが、私がホワイドボードを投げた手で掴んだために、届くことはなかった。

「ふん、ざまあみろ。あんなものを、後生大事に抱えているからだぞ?」

 掴んだその触手をぐいと引いてやると、化け物は怯えたように軽く震えて、私の腕から逃がれていこうする。
 私の手の中から逃れようともがく太い触手を、私は逃れられないように強く掴んだ。

 手の平の中で暴れるその触手が蠢くたび、短く脈動する吸盤の感触を感じる。
 こそばゆいその触感が、酷く心地良かった。

「フフフフフ……逃げようとしても無駄だ、吸血鬼の力に逆らえると思うなよ…?」

 まるで生娘のように触手を跳ねさせて暴れる化け物を、ゆっくりと引き寄せていく。

 もう片腕で、触手の付け根に近い場所を掴む。
 触手を切り離して逃げるような真似を、許すつもりなど無い。

 深く自分の腕を無数の触手の中へと差し込んだため、私の半身は化け物の触手の中に埋もれるように接触する。
 じたばたと化け物の触手が跳ねるたび、その触手が私の肌を擦った。

「もがけもがけ……貴様の抵抗、なかなかに心地良いぞ……?」

 目を細めて囁くと、化け物は身を震わせて動きを止めた。
 ……チッ、つまらん。

「オーイ御主人、正気カー?」

 煩いチャチャゼロ。
 小さく睨んでから後ろ足で軽く蹴ってやると、チャチャゼロは口を閉ざした。

 視線を化け物へと戻す。
 その単眼をじっくりと覗き込んでやると、化け物は私の視線から逃れるように目を逸らした。

「………何故目を逸らす。私を見ろ」

 咎めるような声になっていると理解しつつも、私は化け物にそう命じる。
 無理にこちらを向かせようとして、私の腕では私にはコイツの体を動かすことなどとても出来ないことを思い出す。

 口の端を噛む。
 コイツの体は私の手には大きすぎるからだ。

 その瞬間、私の力が抜けたのだろう。
 化け物の触手が踊った。
 砂浜を蹴るようにして私から身をもぎ離し、側にあった本棚の一つに太い触手の中の一本を貼り付けて、身をしならせて跳ぶ。

 私の中の手の中から、その大きすぎる獲物が離れていく。

「…………あ…」

 砂が撒き散らされる中、私は片手で降り落ちてくる砂から顔を守り。
 もう片方の手を、ヤツへと伸ばす。

 宙を舞うその体躯に、私の手は届かない。



 ならば、もういい。



 “糸”が化け物の体を空中に繋ぎ止めた。

 まるで壁に弾かれたようにその体躯が宙を吹き飛び、砂浜へと落ちた化け物は触手をばたつかせながらゴロゴロと私の足元へと転がってくる。
 その動きが止まったところで、奴の目が、見下ろす私の目と重なる。

 化け物の瞳が震え、私は愉悦り笑みをもって応えた。

 私の手から逃れようとするのなら、捕らえてやればいい。
 今はまだこの場所でのみだが、私には、それをするだけの力がある。

「ククク……吸血鬼の真祖たる私から、逃れられると思うなよ?」

 ギチチ、と糸の軋む音がする。
 もう一度化け物が触手を振るって逃れようとしたのだろう、だが、私がヤツの触手の中に巻き付けた無数の“糸”が、それを許さない。
 私の魔力が十分に通った鋼糸は、暴れようとするヤツの体へと喰い込み、十二分にその身を拘束する役割を果たしていた。

 ゆっくりと、身動きのとれぬ化け物の上に身体を寄せる。
 体重をかけるごとにヤツの身が私から逃れようともがくのを楽しむように、“糸”でその身をきつく縛り上げてやる。
 指先に伝わる、ヤツの儚い抵抗すら心地良い。

 “糸”を手繰る手の逆の腕で、ヤツの触手をまさぐる。

 拘束を逃れた細い触手が、逃れる術を求めて必死に揺れ動くが、私の鋼糸を切断することも、私の手を払いのけることすらも出来ない。
 ただ私の腕を撫でるだけしか出来ないその触手の一つを手に取る。

 手の中から逃れようとするそれを、軽く爪を立てて摘むと、私は口元へ運んだ。

「さて………これから、どうしてやろうか?」

 私の視線に、化け物の身が怯えた小鳥のように小さく震えた。

 ……─────ああ、その瞳の、なんと愛らしいことか!

 私は蹂躙の快楽に身を任せながら、ヤツの細い触手に舌を………



「─────エヴァ、一体……何してるんだ?」

 僅か数メートルの距離に、見知った男の声を聞いて、私は動きを止めた。
 近寄る気配がなかった。
 瞬動術で距離を詰めたのだろう、地に落ちる砂を散らすこともない静かな移動は、手練れ故か。

 憎々しげな瞳を男へと向ける。

 ……邪魔をしおって。

「……見て分からないか、タカミチ?」

 かつての弟子であり、友でもあり、今は私の監視者の一人である男が、そこに居た。
 厳しく細められた目に、私の行為を咎める光がある。

「彼を、どうするつもりだい?」

 するり、と化け物の身体から降りた。
 名残惜しさに太い触手を撫でてから、タカミチに向き直る。
 コイツを明け渡すつもりなどない、ならば選ぶべき道はただ一つのみだ。

「コイツは私のものだ、タカミチ。邪魔をするのならば、お前とて容赦はせんぞ」

 笑う、牙を剥いて嗤う。

 こんなに楽しい気分になったのは、どれくらいぶりだろうか。
 最高の舞台だ。
 私が求める獲物が居て、それを阻む強き敵がいる。例えこの闘いに破れ討ち滅ぼされたとしても、私はただ笑いながら逝くだろう。

「……邪魔をするのならば…………来い」

 タカミチは、しばらく私の言葉に応えなかった。
 世界樹の根が放つ魔力の光が反射して長方形の眼鏡を白く染め、その表情は見えない。

 ざくりと砂を踏み、一歩だけタカミチが前に出る。
 両手をズボンのポケットの中へとしまってから、ゆっくりと口を開く。

「……今のエヴァの言葉には、一つだけ間違いがあるな」

 その言葉に目を細めて、私は尋ねてやった。

「ほぅ、言ってみろ?」

 口元が笑みの形に歪むのを止められない。
 タカミチが口にする言葉を聞くまでもない、だが私はその言葉を心底心待ちにしている。

 そして、タカミチは応えた。

「………………彼はエヴァのモノじゃない」

 もう一歩、タカミチが前へ出る。
 身に纏った“気”が砂を弾き、周囲に小さな砂塵が生まれた。
 純粋な闘気が作り出す嵐の中で、タカミチの宣言が高らかに地底図書館へと響き渡る。

「彼は、僕のモノだ!」






 視界の隅で、なぜか化け物の体が死んだように動かなくなった。






<主人公>



 神は死んだ。



 俺は初めて絶望というモノを知った。

 無事にネギ少年と夕映ちゃんの猛攻を、事故という不本意な形ではあったが逃れることに成功した俺は、さらに明日菜ちゃんとのどかちゃんとの遭遇という危機すら乗り越え、ちょっと安心しすぎていたのだと思う。

 だからこそ、エヴァンジェリンさんが地底図書館で待ち構えてるとか思わなかったわけで。
 思わず逃げようとしたがあっさり捕まったわけで。

 ははははははは、エヴァンジェリンさんも最初はいつも通りだったので油断したけど、しっかり途中からおかしくなっちゃってましたよ。

 というか、まさかこんな身体になってから、貞操の危機というものを感じる羽目になるとは。
 いやもうそんなレベルじゃない。
 なんつーか、物理的にヴァリヴァリと頭から喰べられるかと思った。

 しかも今もなおその危険は迫っているわけで。
 ダブルで。

 すでに野獣というかケダモノというか、なんかこう普段の彼等からは想像できない危険人物と化した二名様は、俺から離れて地底図書館の中央へ移動して激闘を繰り広げている。

 普通に空中を蹴って空を飛んでるように見える高畑先生に驚くとか、なんかもう冗談みたいな数の蝙蝠を大量に飛ばしまくりつつ湖の半分くらいを凍らせてるエヴァンジェリンさんとか、そういう戦い自体はとてももの凄いと思うのだが。
 この際、今の俺にはお二人主催の超人大暴れ祭りはどうでもいいわけで、そんなことよりもずっと切実な問題があった。

 …………どっちが勝っても俺に明日はないんですけど。

 戦っている内に奇跡が起こって二人とも正気に戻らないかなー?

 あとエヴァンジェリンさんは俺に襲いかかってきたときの奇行っぷりをすっかり忘れてたらベストだね!
 きっと憶えてたら八つ裂きにされるね!!
 この世から俺の存在した痕跡を抹消しようとするのは目に見えてるよ!!!

 四面楚歌とかそんなレベルじゃなくて、完全に俺はもう死んだのかも知れない。
 むしろ、今こうしてエヴァンジェリンさんの鋼鉄糸に縛られて地面に転がっている時間すら、俺の人生においてはエピローグなのかも。
 むしろ今スタッフロール中ですよ。

 しかも人気が低迷したために次回作が作られないこと請け合いだ。
 ああ、でもレンタルビデオ店にぐらいは並べるかも知れないなぁ。
 低予算映画のモンスターパニックホラーもの映画って、パッケージの勢いさえあれば、本編のCGがどんなに酷かったとしてもなんとなく借りたくなるしねー。

 ハハハハ、俺の人生はC級パニックホラーだったのかー。

 爆発音、衝撃音、爆発音。

 現実逃避している間にも、闘いは続いているわけで、エヴァンジェリンさんのもの凄く楽しげな高笑いと、なんかもう大分耳慣れてきた魔法の詠唱の声と、爆発というか瞬間凍結の耳障りな氷の軋む音が地底図書館に響き渡る。

 おー、大技ですねエヴァンジェリンさん。

 しかし、高畑先生もさすがは年輩の貫禄、水飛沫ごと自分を凍り付かせた氷柱を内側から粉砕しつつ、ロケットの如きの勢いでエヴァンジェリンさんへと突っ込み、接触するほどの距離で、よく見えないけど打撃攻撃らしい技を連打して放った。

 空中を矢のように吹き飛ぶエヴァンジェリンさんは、それでもなお笑っている。

 あー、二人とも楽しそうだ。
 きっと仲良しさんなんだろうなぁ。
 頼むからケンカを止めて友情に目覚めてくれないだろうか。

 …………いや、某魔法少年みたいなことを言い出したら怖いので、それはそれでどうかと思いますけれど。
 というか今のやっぱ無し、忘れてください。
 あのお二人に同時に迫られるとか想像だけで死んでしまう。

 ああ、やっぱ何か奇跡が起こるのを待つしかないのか。
 今悪魔が取引を持ちかけたら、間違いなく魂を売って俺はこの場から逃げるね!
 いや俺が悪魔なんだけどさ。

 地面でギシギシと鋼鉄の糸を揺らしながら無駄な希望を夢想していると、俺の目の前に、すっかり存在を忘れていた救世主が唐突に現れた。
 さっきエヴァンジェリンさんが奇行に走っていたとき、後ろ足で踏みつけられて砂の中に埋もれていたチャチャゼロさんその人である。

「オイ、オ前、何シヤガッタ?」

 しかも、さすが人形の人だけあって、ネギ君の怪しげな魔法薬のパワーも無効らしく、その言葉からはエヴァンジェリンさんや高畑先生のごとき危険信号は感じない。

 さっそく俺は、必死で目で助けを求めた。

 タスケテー、タスケテー、タスケテー

 絶対無理があると思うが、動かせるのが細い触手だけなので、ジェスチャーすら困難なのだ。

「マァ、ナニ言ツテルカハ想像ツクケドナ」

 さすがに俺の見事なまでな拘束されっぷりを見て、俺が何を言いたいかは想像ついたようで、チャチャゼロさんは投げナイフで鋼鉄の糸を切ってくれた。

 今、初めてチャチャゼロさんが天使に見えた。
 ずっと死神的なイメージでしたが、俺の中でのイメージは一気にアップしましたよ!

「……デ、何ガドーナッテンダ?」

 チャチャゼロさんが、自分と同じぐらいのサイズのホワイトボードを軽く投げてくれたので、俺はそれをキャッチして慌ててメッセージを書く。

 書きながら、絶賛爆闘中の二人から隠れるために物陰に移動するのも忘れない。
 チャチャゼロさんもそれは心得たモノで、俺の後ろをサクサクと砂を踏みながら付いてきた。

 幸運なことに、戦闘に熱中していた二人は俺が逃げていくのに気付かなかった。
 戦い大好きなんだろうなぁ。
 このまま俺の存在なんて忘れてしまってください、お願いしますから。

 物陰に隠れて、ホワイトボードをチャチャゼロさんに見せる。

《うっかり飲んだ、魔法のクスリのせいです》

 さすがにネギ君を悪鬼の如く怒り狂うであろうエヴァンジェリンさんに売り渡すのは忍びなかったので、魔法薬の製作者については伏せておいた。
 八つ裂きにされるのは俺だけでいいさ……。
 それに、後できっと自分の奇行とか問題発言とかを思い出して彼も自省するだろうし。

 …………下手したら胃に穴を開けて寝込むかもなぁ、彼も。

 ちょっと可哀想な気がしたが、むしろ可哀想なのは俺であることを思いだしてひとまず忘れることにする。

「惚レ薬カ? 良クソンナモン見付ケタナー、違法品ダゼー」

 違法品だったのかよ!!
 うぉぉぉぉいネギ君、魔法使いの義務とかそういう話は何処へ!?

 ……っていうか、惚れ薬ならどっちか片方の性別にしようよ!
 男女両方ダブルで狙われてるって、どんだけ強力な惚れ薬なんだよ!?

 なんかもう、自分で突っ込み疲れてかなりぐったりしつつも、ホワイトボードに触手で掴んだマジックを走らせ、チャチャゼロさんにメッセージを書いた。

《拾って飲んじゃいました。治したいんですが》

 まるで病気のごとき言いようだが、病気を通り越してすでに致死レベルの呪いの域に達している気がするので、俺としてはこの書き方で間違いない。
 というか、真面目な話この状態が永久に続くなら、俺はこの地を捨てて人が決して近付かないような場所に移り住むしかない。

 深海とか。あと深海とか。

 ハハハハハ、深海深くを泳いでいたら、いつか俺と似たような仲間に会うこともあるさ。
 ……ちょっと自分の行く末を案じて、本格的に泣きたくなってくる。

 しかし、己の未来を嘆く俺に、チャチャゼロさんはあっさりと希望の光を与えてくれた。

「ソノ手ノ薬ダッタラ、2、3時間クライデ効果ガ切レルゾ」

 俺の中でチャチャゼロさんの評価が天使から女神にランクアップしました。

 思わず抱きしめて頬ずりしてしまいたかったが、そんなこと実行したら色んな部分を切断されるので自重しておく。

 代わりに、ホワイトボードにメッセージを書いて見せた。

《今日一日隠れてます。あとをお願いしていいですか?》

 逃げて逃げて逃げまくろう。
 今の俺は生きた災厄発生マシーンと化している。
 人の居ないところで丸くなっていた方が世界のためになるというもんだ。

 その後、俺の身柄がどうなるかはあんまり考えたくないが、とりあえずこれ以上事態が悪化するのは防げるだろう。

「アイヨ。薬ノ効果ガ効イテタ時ノ記憶モ無クナルシ、テキトーニ誤魔化シトイテヤル」

 マジですかッ!!!?
 ホ、ホントですか? ドッキリじゃないッスよね!!?

 思わずホントに抱きしめたせいで、チャチャゼロさんに細い方の触手を五本ほど切られました。

 いやもうそれでも全然オッケーです。
 あと10本くらい切ってもいいですよとか言ってしまえるぐらい嬉しい。久しぶりに俺はこの世に神がいることを実感しましたよ。

 むしろチャチャゼロさんこそが神かと思ったねっ!
 しかも女神クラスですよっっ!!

「……イキナリ襲イカカッテクルンジャネー」

 チャチャゼロさんがむっちゃ不機嫌になってたので、慌ててホワイトボードに謝罪の言葉を書いて丁重にお見せした。
 ついでにぺこぺこ頭も下げておく。
 さらに土下座を披露しようとしたところで、頭を刺されたので大人しく止めておきました。

「ソノウチ借リハ返セヨー?」

 というわけで、俺は戦いに夢中な魔法使い二人に気付かれない内にこっそりとその場から逃げることにする。

 ケケケ、と笑ってチャチャゼロさんは本棚の裏の隠し通路から逃げる俺を見送ってくれた。
 触手で四方一メートルの狭い通路に潜り込みながら、隠し通路の蓋を閉じる。

 遙か後方に相変わらず鳴り止む様子のない爆音を聞きながら、俺はただ平穏を求めて、住み慣れた地底図書館を後にした。



 その後、ドラゴンさんに頬ずり殺されそうになるとか予想外のアクシデントがあったが、とりあえず俺はまだ生きている。
 我ながらものすごい生命力だと思うが、そんなものより平穏が欲しいです。





 あと、クウネルさんが一瞬だけ現れて、「グッジョブです!」と親指を立てていい笑顔で微笑んでからまた消えました。

 いやいやいや、見てたんなら助けてくださいよ!!?

 魔法使いって実は一人残らず迷惑な生き物なんじゃないかと思います。









つづく