第16話 「魔法少年対峙編」<明日菜> 女子中等部の校舎を、重い足取りで歩く。 放課後の校舎には、まだ部活動とかお喋りや、後は遊ぶために残っている子が多い。 どこからか聞こえてくる楽しげな笑い声を耳にしつつも、私の心は果てしなく沈んでいた。 ホントに、今日は最悪の一日だった。 まぁ、まだ終わってないんだけど…………。 『あの─────…あなたに失恋の相が出てますよ───』 初対面の、しかも年上に向かっていきなりそれは、ありえない発言でしょう! そりゃ、10歳の子供なんだから礼儀とかなってないのかも知れないけどさー。 人が発言の撤回を求めてるのに、結局最後まで否定しなかったし。 ………べ、別に信じてないけど、あんな子供の占いなんて。 そんな生意気かつ失礼なガキンチョが、高畑先生に代わってうちのクラスの担任になるっていうのも、本当に信じられない。 いまだに、実はドッキリでしたなんていうオチが来てくれないかって思ってるし。 常識的に考えて、10歳の子供が教師とか、絶対あり得ないわよねー。 学園長先生に聞いても、笑ってるばっかりで聞いてくれないし。 なにより一番問題なのは、肝心の高畑先生まであっさりとうちのクラスの担任の座をあのガキンチョに譲っちゃったことだよ〜〜〜〜。 うちのクラスは、確かにちょっとアクが強い連中が集まってるみたいなところがあるんだけど、高畑先生とみんなは上手くやってたと思う。 確かに、高畑先生は広域指導員とかもしてるから、あんまり相談に乗って貰う機会とかは少なかったけど。 でも、だからって、いきなり担任を辞めちゃうなんて〜〜……。 しかも、よりによって私と木乃香の部屋に、あのガキンチョを泊めなさいって学園長先生に言われちゃったし……。 そりゃ、学園長先生に言われたらしょうがないんだろうけど、だからって言われるままってのも納得いかないし、出来るだけ抵抗してやろう。 まぁ、あんな子供にホントに寝袋で一晩過ごさせるわけにもいかないけどさ……。 「やっほー、アスナー!」 唐突に聞こえた呼び声に、私は現実に引き戻される。 顔を上げると、中庭の隅でボールを手にしたクラスメート……佐々木まき絵ことまきちゃんが、無邪気な顔で手を振っていた。 横には、同じく遊んでいたらしい亜子ちゃんも一緒にいる。 あれ? なんでまだこんなとこにいるんだろ。 不思議に思って、二人のところに行って聞いてみる。 「ねぇねぇ、まきちゃん。例の先生の歓迎会の準備って、もう教室では始まっちゃってるんだけど……もしかして、聞いてなかったりする?」 「えぇえええええええーーーっ!? 私聞いてないー!!」 「あぅーっ、ウチも聞いてない……もしかして、ウチらが遊びに出てから…?」 まきちゃんと亜子ちゃんのうろたえっぷりに溜息をついてから、恐る恐る聞いてきた亜子ちゃんの言葉に頷いてみせる。 「そーいうこと。まだ間に合うから、急いで教室にいかないと置いてけぼりになるわよー?」 そう言ってあげると、まきちゃんは慌ててコクコク頷いて、校舎へ走っていってしまった。 そーいえば、自己紹介してみんな騒いでたとき、まきちゃんって一緒になってあの先生のこと可愛い可愛いってはしゃいでたしねー。 まったく、あんな生意気なガキンチョの何処が良いんだか……。 校舎に駆けて行ったまきちゃんを見送る。 うーん、あの元気さを分けて貰いたいなぁ……。 「なぁなぁ、アスナ。アスナはなんで外に出とるの?」 思わず年寄りな気分になっていた私に、まだこの場に残っていた亜子ちゃんが聞いてくる。 なんだか心配そうな表情は……あー、そっか。 うーん、自己紹介の後に、思いっきりあの先生の襟元掴んだりしちゃったしなー。 「あぁ、私は買い出しをお願いされちゃってね」 手にしていた買い物袋を少しだけ上げて見せると、亜子ちゃんの表情はすぐに明るくなった。 あー、ダメねホントに。 無駄に心配させちゃったし、ホントにあのガキンチョはも〜〜……。 「そーいえば、その歓迎パーティーの主役は知らない? 見つけたらついでに呼んで来てって言われてるんだけど、どっこにもいないのよねアイツ」 まぁ、本格的に探した訳じゃないんだけど。 もしかして、迷子になってるのかしら? この麻帆良学園じゃ、来たばっかりの生徒が迷子になって交番に駆け込むなんて話も結構あったりするし、しょせんは10歳の子供だしね……。 真剣に警察に聞きに行くことを考える私に、亜子ちゃんが朗報を伝えてくれた。 「先生やったら、さっき中庭にいたよ?」 「え、マジ!? どっちに行った?」 周りを見回してみる、見える範囲にはあのガキンチョの姿はない。 もしかして、ホントにどっかで野宿しようとしてるんじゃないでしょうね…。 「えっと……確か、あっちの方だったと思うけど……」 亜子ちゃんが指差したのは、麻帆良学園の端、麻帆良湖の方だった。 その先にあるのは……。 「図書館島か! まっさか、あんなとこで野宿する気じゃないでしょうね〜!!」 私の言葉に亜子ちゃんが苦笑する。 「そんな訳あらへんって〜。それに、図書館島は今日は完全休館日やし、先生、橋のところで困っとるんとちゃう?」 あ、そういえばそうだっけ? あんまり図書館島とか行かないから、よく憶えてないんだけど。 「それじゃ、ウチも準備の手伝いに行くから、先生のことよろしくな〜」 「はいはい、泣いても喚いても連れてきてあげるわよー」 私の返答におかしそうに笑いながら、亜子ちゃん校舎の方に戻っていった。 さぁて、ホントに図書館島にいればいいんだけど……。 中庭の端に行って、手摺り越しに図書館島の方を見る。 あ、いたいた。 図書館島に渡る大橋を走ってるのが見える。 ………朝にも走ってるの見たけど、滅茶苦茶足早いわね、アイツ。 「………なーんか、ヘンなのよね」 朝といって思い出したのは、あのクシャミと、私の服がいきなり破れた変な事件。 あのお陰で、とんでもない出費になってしまった。 そりゃ、あの子供が原因だって証拠はないし、たぶん違うとは思うけどさー。 でもいきなり服が破れるとか、ありえないし。 ………よーし、そのうち尻尾を掴んで、破れちゃった私の制服代、弁償させてやる! そう決意しながら、私は図書館島に向けて駆け出した。 あんまり遅くなったら、歓迎パーティーの準備をしてるみんなに申し訳ないし。 <のどか> 「…今日は、ありがとうございました。……また今度、みんなで来ますね?」 ぺこりと一礼。 怪物さんは、ぱたぱたと小さい足を左右に振って、別に良いよと伝えてくれる。 そういえば、次に会うときはまた図書館の地下になっちゃうんですね。 明るいところで見る怪物さんは、すごく貴重かも知れません。 …………で、でも、よく見えない方がいいこともありますね? 思わずまじまじと見てしまってから視線を逸らしてしまう私を、怪物さんは不思議そうにゆらゆらと足を揺らしながら見ていました。 あぅぅぅ、ごめんなさい……どうしても、じっと見ちゃうと……。 「そ、それじゃ、また……」 もう一度怪物さんに頭を下げてから、玄関の方に向き直って。 あ、でも、借りた本で両手が塞がっちゃってるから。 どうしようかと思ったところで、すぐに怪物さんの太い足が横から伸びてきて、両開きの扉を左右いっぺんに大きく開いてくれました。 「あっ…ありがとうございます」 もう一度頭を下げてみると、怪物さんは、小さい方の足でちょんちょんと、私が抱えている本の一番上をつつく。 首を傾げて怪物さんの仕草を見ていると、すらすらと怪物さんの小さい足がホワイトボードにメッセージを書いて、私に見せてくれました。 《重いから、気をつけてね》 「はい!」 また頭を下げてしまいそうになってから、慌てて思いとどまって。 その代わりに、怪物さんが心配しないようにしっかり返事をしました。 その返事に、怪物さんは、ゆっくりと太い足を体の上で振ってくれる。 バイバイ……って意味なんだろうなぁ、と思いながら、私は外へと歩き出しました。 私か図書館を出ると、すぐに後ろで扉が閉まります。 さっき、外を歩き回ったら危ないですよって話を私がしたから、気を遣ってくれたのかな。 休館日、と書かれた札が下がっている扉を見て、ちょっとだけ寂しい気持ちになりました。 これから怪物さんは、また図書館の地下深くに潜って行くんだと思うと。 どんな気持ちなんだろう、と思う。 ……うん、また夕映と一緒に、遊びに行こう。 そんなことを決意しながら、いつものように、図書館島の入口にある階段へと足をかけた。 ………うぅ、抱えた本が多すぎて、まっすぐ正面が見えないです。 いっぱい、借り過ぎちゃったなぁ。 もうすぐ、先生の歓迎パーティーも始まっちゃうし、急いで帰らないと……。 そんな風に思っていたせいか、私は、いつの間にか階段の下に立っていた人の姿に、一瞬呆然としてしまいました。 あ。 ネギ……先生? 階段の下に立って、私を見上げているのは、今日私のクラスの担任として赴任してきた、ネギ先生に間違いありません。 で、でも、なんで、こんなところにネギ先生が……? それに、私をじっと見てる。 図書館島じゃなくて、私……に用があるの……かな? でも、なんだろう……あ、歓迎パーティー、私だけまだ教室にいないから…? もしかして、呼びに来てくれたの…かも……。 こ、声、かけないと……。 言葉が思いつかない、頭の中がぐるぐる回ってる。 それでも、私が口を開こうとしたとき、手の中に抱いていた本が、零れ落ちるように、私の手から滑り落ちていきました。 怪物さんが、せっかく選んでくれた本。 私の手が自然と伸びて、零れ落ちようとする本を捕まえる。 だけど、代わりに、抱えていた別の本が一斉にばらばらに落ちていって。 階段の下に立ったネギ先生の目が、驚いたように見開いた。 その時になってようやっと、私は階段から自分の体が投げ出されたことに気付いた。 ─────────落ちたら、死んじゃう。 意識が薄れて <ネギ> 図書館島の階段の上に見えた女の人の姿に、僕は心底安心した。 長い橋を駆けながら、乱暴に開いた出席簿の中に見た女の人の名前は、宮崎のどかさん。 図書委員ってあったので、この図書館にいることはおかしくない……と思う。 階段に立つ宮崎さんの側には、学園の中庭から見たときにいた、あの怪物の姿はなかった。 きっと、僕の勘違いだったんだろうと思う。 図書館の中に入っていくときに、チラッて見えていただけだし、きっと、色々と落ち込んでたからあんなものが見えたんだ。 やっぱり、僕はちょっと落ち込みすぎてるのかも知れない。 こんなことお姉ちゃんに知られたら、また怒られちゃうなぁ……しっかりしないと。 この人払いの結界の中にいるから、もしかしたら魔法使いの関係者なのかな。 でも、人払いの魔法って、高度な技術があれば出入りする人間を指定できるから、必ずしもそうとは言えないし。 うん、魔法のことは黙っていよう。 「でも、たくさん本を持って、危ないなぁ……」 階段の上に立つ宮崎さんは、両手にいっぱいの本を抱えていた。 そして、足を止めて………あれ? よく見ると宮崎さんも僕を見ていた。 あ、僕のことに気付いたのかな、なにか言おうとしてるみたいだけど……。 階段を上って、宮崎さんが本を運ぶのを手伝おうかな。 そんなことを考えた直後。 宮崎さんの手にしていた本が、その手の中から滑り落ちて、それをつかまえようとした宮崎さんの身体はそのまま階段の上から投げ出された。 「やっぱし…!」 思った言葉が口から滑り出てくる。 危ないと思っていたのに、そんな考えが頭をよぎる間に、僕の体は動いていた。 背にしていた杖を手に取る。 滑り込むように、杖が僕の手の中に収まった。 「きゃああああああああああああああ!!」 宮崎さんの悲鳴。 詠唱する時間なんてない。 無詠唱で風を作り出して、宮崎さんの身体をつかまえる。 一瞬で浮かんだ魔法の構成を杖の先に乗せて放つ。 不可視の風は、僕がイメージした通りに、階段を落下しようとしていた宮崎さんの身体を空中に繋ぎ止めた。 でも、この効果は一瞬しかない。 急いで下に回り込んで、落ちてくるのどかさんを受け止めないと。 僕は地面を蹴って、のどかさんの下へと回り込む。 ──────────────────────その時。 魔法のために集中していた僕の意識から外れていたそれは、唐突に僕の視界の中に映った。 背筋が冷えるような感覚。 のどかさんの下へ回り込んだ僕が、彼女を受け止めるよりも先に。 僕の視界の外。 階段の上から伸びてきた、無数の太い触手が、のどかさんの腰に、足に、腕に絡みつく。 まるで蛸のような、蛸にはあり得ないような長さの、歪にねじくれた触手。 それが、踊るようにうねりながら、宮崎さんの身体を捕らえた。 反射的に僕は宮崎さんの方に手を伸ばす。 届くわけがなかった、僕の魔法で宮崎さんは空中に繋ぎ止められていたから。 そして、馬鹿みたいに届くはずのない手を伸ばしている僕を嘲笑うように。 宮崎さんに絡みついた触手は、その身体を階段の上、僕の視界の外へと引きずり込んでいった。 <主人公> …………助かったーーーーっっ!!!! 触手の中に捕まえたのどかちゃんの重みを感じたときには、一瞬泣きそうになった。 それでも気を抜かずに、階段の上へと引き寄せる。 俺は、安堵のあまりにそのまま地面に倒れたくなった。 のどかちゃんに絡みつけていた触手をとほどいて、そっと地面に下ろす。 これで、大丈夫だ。 よっぽど怖かったんだろう。 その目は堅く閉じられていて、身体は今も小さく震えていた。 もしかしたら、死にかけたってショックが強すぎて気絶しちゃったのかも知れない。 いや、実際俺の方がショック死しそうなくらいビビッたんですけどね。 のどかちゃんが帰ったら日光浴の続きをちょっとだけやろうと思って、扉からこっそり背中を見送っていたんだけど、突然足を止めたと思ったら、足を滑らせて………だったし。 俺の足は、最高記録だった20メートルを超える距離を伸びた。 足が伸びすぎたら持ち上げる力が足りなくなるので、同時に俺も距離を必死に詰めたんだが、我ながらよく間にあったと思う。 ……………実際のところ、明らかに間に合ってなかった。 まだ触手の先が届かないまま、のどかちゃんの悲鳴が聞こえたとき、俺は自分が間に合わなかったんじゃないかと凍り付きそうになった。 その時、確かにのどかちゃんは空中に浮かんだのである。 一瞬だが、あの時のどかちゃんを喰い入るように見ていた俺の目に間違いはない。 あれは、なんだったのだろうか。 俺の中に目覚めた新たな力なのだろうか。 はたまた、のどかちゃんの中に眠っていた真の力が覚醒してしまったのだろうか。 一番ありそうなのは、図書館島の真の主であるところのクウネルさんが、魔法の力で手助けをしてくれたんじゃないかってところだけど。 あとは、どっか別の魔法使いがたまたま助けてくれたとか。 さすがにそれはないよな─────────── 『─────ラス・テル マ・スキル マギステル』 よっぽどその時は安堵していたのだと思う。 いつもならもっとビクビクしてるのだが、この時に限って全然周りに気を配ってなかったし。 『───光の精霊11人集い来たりて敵を射て』 だから、あれだけエヴァンジェリンさんに教え込まれていたというのに、微かに聞こえていた筈の少年の声に気付いていなかった。 『魔法の射手! 連弾・光の11矢!!』 身体に横合いから容赦のない衝撃が走る。 痛みの走った部分の触腕が二、三本千切れて、俺の身体は激しく揺れた、なんとか体が倒れそうになるのを生き残った残った触腕で耐えた。 ………あれ? もしかしてエヴァンジェリンさんですか? いきなり魔法攻撃で俺の足を千切ると言ったらエヴァンジェリンさんである。 これが刃物で切るとなるとチャチャゼロさんとなり、ビームで焼くとなると茶々丸さんとなる。 だと思ったんだが、辺りを見回してみるけど、エヴァンジェリンさんの姿はなく。 どうやら俺を攻撃したのは、見知らぬ魔法使いの人らしい。 ………えぇと、どなたですか? 思わず尋ねたくなったのだが、当然俺に口はないわけで。 ロクに意志疎通のできないこの体が恨めしいと、久しぶりに思いました。 そこに立っているのは、見知らぬ少年。 小学生ぐらいにしか見えないその少年は、その小さい体には不似合いに大きな杖を手にして、俺に向かって真っ直ぐに構えている。 その目は、子供とは思えないくらいに強い意志に支えられている。 具体的には、目の前に立った俺がいきなりビビって逃げたくなるくらい。 こんな目が出来る小学生なんて生まれて初めて見ました。 というか、なんでそんな燃える瞳の少年に俺は睨まれているのだろうか。 俺の疑問をよそに、少年は俺から目を逸らすことなく口を開いた。 「……その女の人から、離れろっ!」 あ。 そーかそーか。 俺の中で、今の状況の謎が一瞬で綺麗に解ける。 この少年は、いわゆる正義の味方的ポジションなのか。 どうやら、のどかちゃんが俺に襲われたと勘違いしちゃったらしい。 それに、なんとなく直感で分かってしまった。 のどかちゃんを空中に浮かせた力は、この少年の魔法だったんだろう。 そこを俺が横合いからさらっちゃったわけで。 それは怒るよなー。 『─────ラス・テル マ・スキル マギステル』 ギャァァァァー! またなんか唱えはじめましたよ!? エヴァンジェリンさんとはちょっと違うけど、魔法の詠唱だろう。 また何本も足を千切られては敵わないので、慌ててのどかちゃんの側から移動する。 ついでに太い触手を何本か空中に向けて無抵抗をアピールするのも忘れない。 ほーらー、敵意はないですよー? のどかちゃんはちゃんと保護して上げてくださいねー。 じりじりと、少年が距離を詰めてくる。 のどかちゃんの側まで移動したところで、少年は片膝を付いて無事を確認した。 ふぅ、これでとりあえず、何もしてないって事は分かっ─── 『────風精召喚……剣を執る戦友』 …って、呪文呪文!! ストップですよ!!!? なんで普通に攻撃してくる気満々なんですかこの少年!? なんて外道な……!!? 俺は慌ててすたこらさっさと逃げ出した。 のどかちゃんは無事に保護されるだろうし、ここに残る理由なんてないし。 床と玄関の枠に思いっきり伸ばした触腕の先を貼り付けて、伸びた触腕を引き戻す反動で体を浮かせながら一気に地面から跳ぶ。 跳んだ先で体が地面に落ちる前に、さらにその先の壁に触腕の先を貼り付けて、伸びた触腕を引き戻す反動で、さらに体を先へと進めていく。 これが、俺がチャチャゼロさんの切断攻撃から逃げるために編み出した高速移動術である! どっかで見た移動方法だとかは言わないで欲しい! むしろ触手だけの体でコレをするのは、空中でのバランスとかが結構大変なのだ!! 『──捕まえて!!』 背後に、少年の声が聞こえると同時に、少年の周りに分身が現れた。 半透明のその分身は、一斉に空中を飛んで俺を追跡してくる。 おわっ、怖ッッ!? 経験上、魔法は大抵自動追尾してくるので避けられないってのは知っていたけど、人の形したモノが飛んで来るってのは、見た目的にやたら怖くないですか!? 慌てて、移動に使っていない方の触腕を飛んできた少年の分身っぽい物体に伸ばす。 そして勢いよく横に払った。 予想と違って爆発はしなかったが、俺に殺到していた分身は、俺が横に払った足に絡みついたところで 、俺の足が千切れてしまったのであっさり消滅した。 フハハハハハ、無駄無駄無駄!! どういう効果だったのかは知らないが、俺の触腕の何本かはやたらと千切れやすいのだ!! 囮として使うのには最適なのである! こんなことを思っているうちにもう生えてきたしなッ!! ……………しかし、我ながらなんでこんなキモイ生き物なんだろう。 微妙に落ち込んだりしてしまったが、とりあえず、追跡の魔法を退けることに成功した。 追撃を振りきって、地下階に下りる前に一度だけ振り向いてみる。 あの少年は追ってこない。 たぶん、のどかちゃんの保護を優先したんだろう。 それならば俺には何も言うことはない。 やっぱり、地上は怖いなぁ、なんてことを思いつつ。 俺はいつもの地底図書館へと帰るのだった。 ………帰り道に計11回ほど空飛ぶハードカバーの本に追突されましたが、俺は元気です。 <ネギ> 「……………逃げ、られたかな……」 あの悪魔を宮崎さんから引き離すためにとっさに放った捕縛用の魔法は、とてもあんなサイズの悪魔の動きを縛れるような強力なものじゃなかった。 それでもあの悪魔が逃げていったのは、やっぱり日の当たる場所だと不利だからだろう。 逃げきることに成功したのは、たぶん悪魔じゃなくて、僕の方だ。 息を吐く。 いつの間にか、膝が笑っていた。 まるで僕の心を全て読んでいるとでも言っているような、冷たい光を放つ単眼。 そして、僕なんて一息に握り潰してしまいそうな太い触手と、ゆらゆらと僕を嘲るように踊りくねっていた、無数の細い触手。 宮崎さんに駆け寄ろうとした時、その瞬間を今にも狙おうとばかりに振り上げられた無数の触手を思い出して、僕は吐き気にも似た強い寒気を感じた。 あの悪魔を前にして、魔法の構成に失敗しないでちゃんと詠唱魔法を唱えることが出来たのは、ほとんど奇跡みたいなものだと思う。 最初の魔法で追い払うことができればなんて、悪魔と戦ったこともない僕が考えるには、あまりにも無理のある願いだと思ってはいたけど。 渾身の力を込めてはなった光の矢を受けて、悪魔はわずかに体を揺らしただけだった。 千切れた触手に、やったと思った瞬間、そこからまたすぐに触手が生えてきた時、僕は自分の予測の甘さを呪ってしまった。 もっと別の方法もあったのに。 だけど、宮崎さんを助ける力を残さないといけないからと、中途半端に力を使って、あと少しで取り返しの付かないことになる所だったと思う。 首を振る。 地面に倒れていた、僕の生徒………宮崎さんの側に行って、その体を診る。 たぶん、あの悪魔に引き寄せられていたんだと思う。 魔力は何も感じない。 宮崎さんを守ることは、ちゃんと出来た………。 そのことに安堵して、ぺたんと座り込むと。 いつの間にか、目を覚ましていたのどかさんが、座り込んだ僕を見上げていた。 「ネギ……せん…せー……?」 恐る恐る尋ねるのどかさんの言葉に、僕は精一杯の虚勢で笑みを浮かべた。 僕の生徒を安心させるために。 「……はい。もう、大丈夫ですよ」 僕の言葉に、安心したようにのどかさんも微笑んでくれる。 良かった。。 なにも憶えていないみたいだし、記憶を消したりしなくても大丈夫みたいだ。 ここは人払いの魔法とかがあったから、他に見ていた人はいないし。 そこまで思ったところで、僕は、階段の所に立つ第三の人物に気付いてしまった。 神楽坂明日菜さん。 僕がこの麻帆良学園に到着してすぐに怒らせてしまった相手で、学園長先生に言われた、この学校での僕の宿泊先になることになった人。 その明日菜さんが、いつのまにか、この図書館島の入口階段に立っていて、僕を見ている。 ふるふると震えながら、僕の方を指差して。 次に、開いたままになっている図書館の玄関の方を指差して。 そして、また僕の方を指差して…………そして、口を開いた。 「………な、な、な、な、なによあれーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!?」 |