第7話 「哲学少女復讐編」





<タカミチ>



「………タカミチ君。このニュースを知っているかね?」

 朝のHRを終えた直後、職員室に戻る途中にしずな先生に呼び止められて、学園長からの呼び出しがあることを伝えられた。
 そして、学園長室へと入った直後、伝えられた言葉が、それだった。

 ぺらりと学園長の机に置かれたのは一枚のニュースペーパー。
 麻帆良学園の放送部が、彼らにとっての大スクープを入手したとき、稀に発行されているニュース速報のペーパー誌だ。
 今朝発行されたものらしく今日の日付が書かれているが、見覚えはない。

 今朝は学園の宿直室に泊まったから、たぶん今朝にでも学園の校門か通学路で配られたのだろう。

 そこには、血のように垂れ落ちる効果の付けられた大きな赤い文字で

『恐怖!! 図書館島地下を徘徊する恐怖の怪物現る!!!』

 というタイトルが書かれていた。

「………………恐怖という言葉が二回被ってますね」

 これは放送部らしからぬミスだ。
 報道関係者を志す人間なら、こんな誤字をしてはいけないだろう。

「うむ。そうじゃの」

 学園長が頷く。

 沈黙。

 降参の意味を込めて、僕は短く息を吐いた。

「……………他の魔法先生からは何か?」

 一番言いたくない質問からする。
 もちろん、言いたくない質問というのは、当然返ってくる答えが分かっているからこそ質問したくないのであって、答えは分かっているんだけど。
 それでも確認の意味を込めて聞いた。

「決定に文句を付ける者などおらんよ」
「………それで、これからは?」

 魔法先生は、魔法使いであると同時に、この麻帆良学園を守る兵士としての側面も持ち合わせている。
 実利主義で動く彼らは、学園長の決定に後で文句を付けたりはしない。
 有能な兵士は、寡黙に与えられた現実を打破することを選ぶものだ。

「やはり殺すべきだ、と意見した者もいるがの……概ね、事実関係を確認することを優先すべきという意見でまとまったのぅ」

 息を吐く。
 それほど状況は悪くはないことに安堵した。

 なら、次に言われる言葉は予想できる。

「タカミチ君。彼から事情を確認してきて貰いたい。おそらくは事情があるのじゃろうが、対処のためにも情報はすぐにでも欲しいからのぅ」

「勿論です。すぐにでも向かいましょう」

 学園長の言葉に頷く。

「まぁ、待つのじゃ。行く前に、そこにある記事をよく読んでくれるかの?」

 ふと、その内容を良く読んでいなかったことを思い出して、ニュースペーパーを手に取った。
 急ぎ早朝から印刷したものらしく、指先にわずかに黒いインクが付く。

『………目撃者の中等部二年・綾瀬 夕映、宮崎のどかさんの証言により……』

「夕映君と、宮崎君…!?」

 そこに書かれた記事の中に、自分の担当しているクラスの生徒の名前を見つけて、僕は二度驚いた。
 学園長が、我が意を得たとばかりに頷く。

「うむ。それが、タカミチ君にこの事件を調べる役を頼んだ、もう一つの理由じゃ。彼より先に、その子達に話を聞いた方が良くはないかのぅ?」

 なるほど。

 確かに、彼と僕は比較的友好的な関係だけど、教え子の二人のことを考えると、彼の言葉ばかりを信用はできない。
 他の魔法先生が彼について冷静な判断をしにくいことを考えると、僕が捜査するのが最も順当だろう。
 彼に疑惑を感じている魔法先生を納得させる理由としても十分だ。

「二人の様子は、どうじゃった?」

 片目を上げて僕の目を見る学園長の目が、まるで考えを見透かそうとしているように細められる。

 僕は、その言葉通り、記憶を辿った。

 教室に入ったときに教え子たちの動き、出席をとったときの返事、僕が出て行く時の様子を頭の中で思い出す。

 妙な感じは受けなかった。
 多少、物思いをしている様子は見られたが、二人とも、そのような様子を見せることが少なくないので、気にはしていなかった。
 なにかを僕に相談しようとしていた様子もなかったと断言できる。

「………変な様子はありませんでした」

 首を振って答えると、学園長は長く蓄えた髭を手で撫で、低く唸った。

「……ならば、無理に生徒達を調べることはできんかのぅ」

 その意見に同意する。

 魔法の存在と同じく、彼の存在は基本的に秘密にしなければならない。
 今は生徒達に単なる“噂の魔物”としてしか語られていない存在について、僕から話を聞き出しに行こうとするのはいかにも不自然だ。

「……やはり、まず彼から事情を聞こうと思います」

 学園長は、彼が本当に魔物としての本性を剥き出していた場合の危険を考えて、先に生徒達から情報を収集させたいのだろう。
 不測の事態が起こったとき、情を感じた相手に対して拳が揺らげば、或いは命にすら関わりかねないことを、学園長は知っているからだ。

 だけど、彼に事情を聞くことに、危険なんて存在しない。
 僕はそう信じている。

「気を付けての」

「……注意なんて必要ありませんよ」

 笑って答えて、学園長に背を向けた。
 僕の気持ちを察して、学園長はそれ以上は何も言ってこなかった。

「失礼します」

 学園長室の扉を閉じる。

 行こう。
 真相を急いで究明しなければならない。

 小さな思惑のすれ違いでも、人と人が争う理由になりうることを、僕はいくらでも知っているのだから。
 しかもそれが人の姿ですらないのなら、一度掛け違えたボタンを戻すのは、さらに難しい。
 彼を知っている者が、急いで正してやらなければ。









 ざざーん。

 さざーん。


 地下図書館へ続く直通エレベーターを使ってから、更に目的地へ続く螺旋階段を一足跳びに降りる。
 非常口となっている扉をくぐると、本棚に覆われた巨大な図書空間と、広い湖が見えた。

 そして、その砂浜に打ち上げられた海藻の塊みたいな物体も。

 ・・・・・・・・・・

「………あ」

 その崩れた黒い藻の塊みたいな物体が、力無く砂浜に横たわった彼の姿だと気付くのに、数分を要した。

 気付いたのは、砂浜に垂れていた触手の一本がのろのろと動いて、ゆっくりとこちらの方に向けて左右に揺れたからだ。

 なんだか、生気が無いとか有るとか以前に、捨てられた産業廃棄物みたいになってしまっている。なんだろうこれ。

 なんというか、ここに来る途中で考えていた、彼への質問や、彼に伝えようとしていた言葉が、頭の中から霧散していく。
 ものすごく声をかけづらい。

「あ………えぇ…と」

 声のかけようが無くて戸惑っていると、しばらくの間を置いてから、ゆっくりと触手が側に転がっていたホワイトボードをつかみ、なにかを書いてから、僕に見えるように持ち上げる。

 ホワイトボードにはこう書かれていた。

《もういいんです》

 どうしよう。
 なんだか本格的に駄目になってしまっている。

 なんというか、頭が痛くなってきた。

「あー、うん。えぇと……何があったか知らないけれど、なにが、もういいんだい?……聞かせてくれるかな?」

 あまり刺激しないように声をかける。
 ……自分の事ながら、なんでこんな慎重になってるんだろう。

 僕の質問に、彼はしばらく動かなかった。

 やがて、のそり、と触手が動き、ホワイトボードに何かを書いた。
 ゆっくり触手がホワイトボードを持ち上げた。

《なんかもう死にたい》

 ……一体、彼に何があったんだ。
 なんというか、彼の全身から本当に死にそうなオーラが放たれている。

 でも全然死にそうにないような気がするけど。
 ……いけないいけない、それを本当に口にしたら首を吊ってしまいそうだ。
 彼が一体どうやって首を吊るのかという話は余所に置くとして。

 とにかく、別の意味で急いで話を聞かないと。

「……とにかく話を聞かせてくれないかな。なにがあったかは知らないけど、僕のできる限り、力になりたいと思っている。だから、自棄になっちゃいけない」

 僕の言葉を、彼は真摯に受け止めてくれたのだろう。

 触手全体が波打つように震えると、やがて、漁港の隅に打ち捨てられた投網の塊のようだった彼が、触手を揺らしながら立ち上がる。

 半分目蓋が閉じたた単眼が、パチパチと動いてこちらを見た。
 ………目蓋、あったのか。

「落ち着いてきたみたいだね。……事情を、教えてくれるかい?」

 もう一度訪ねると、彼は、もう一度まばたきをしてから。

 ………一瞬、地下図書館の奥をチラリと見た。

 ───ん?

 奥に、二つの本棚の間に張られた紐と、干されているタオルと…。
 なにか白い布切れが見える。

 あれは…?

 それをよく見ようとすると、気付いた彼が触手がバタバタと揺らして、僕の視線を遮った。
 なにか、見てはいけないもの……なのか?

 まず無理に聞き出すことは避けて、説得を優先させないと。

 いまだ何事か考えている様子の彼を前にして、僕は口を開く。
 当初の予定とは大幅に違うけど、話を聞かないのは間違いなさそうだ。

「……学園の方で、女の子が君に襲われたというニュースが広がっているんだ」

 僕が口にした途端、一瞬で彼がぐにゃりと地面に垂れ落ちた。

 うわ!?

「お、落ち着くんだッ! まだ噂の段階は出ていないし、学園長や僕達は君のことを疑ってはいない!!」

 一瞬で待ちすぎて伸びきったカップラーメンの中身みたいになったしまった彼に、慌ててフォローを加える。

 なんとかふらふらと触手を揺らしながら復活してくれた。

「……と、とにかく。君の無実を証明しないといけないので、僕が詳しい話を聞きに来たんだけど………」

 こちらを見る彼の様子を見ると、単眼がふるふると揺れている。

「………その前に、君の方が参ってる様子だし、相談に乗りたいと思ってる。だから、話を聞かせて欲しいんだ」

 彼はまだ迷っている様子だった。
 何故、彼が真相を伝えることをためらっているかは分からない。
 それでも聞き出さないわけにはいかない。

「……僕に。僕達に、チャンスをくれないか?」

 砂浜に落ちていた彼の単眼が、ゆっくりと僕に向けられる。
 僕は、彼のその大きな目から視線を逸らさないまま、言葉を続ける。

「僕達魔法使いは、君を最初に助けられなかった。今の君の姿は、僕達魔法使いが力及ばなかったせいでもある。……だから、君が苦しんでいるのを“また”助けられないのは、僕達にとってもとても苦しいことなんだ」

 びくり、と彼の太い触腕が震えた。
 ふるふると震えている。

 ちらり、と、感動のあまりに抱きついてこられたらどうしよう、とか余計なことを考えてしまって頭を振る。
 いかん、考えるな僕。
 今は説得に集中するんだ!

「……だ、だから、聞かせて欲しい。なにがあったかを」

 僕の言葉は彼に届いたらしい。

 彼は、マジックを握った触手をホワイトボードにゆっくりと走らせると、それを見せた。

《ここだけの話にしてください》

 そんなに、秘密にしなくてはいけない内容なのか。

 緊張に顔が強張るのを感じながら、僕はゆっくりと頷いた。









 長い、長い話が終わった。

 いや話自体は短かったんだけど、彼がホワイトボードにひとつひとつ書いて説明するしかないので、ひどく時間がかかっただけで。

 だけど、その内容に僕は戦慄を隠すことができなかった。



 …………悲惨すぎる。



 話を聞き終えた僕は、ほとんど無意識に自分の目を覆っていた。

 本棚に押し潰されて助けを求めたところ、助けを求めた触手を繰り返しハードカバーの本で叩き潰されるくだりでは、あまりに気の毒すぎて声を掛けるのがためらわれた。

 いつも本を読んでいる、あの大人しげなのどか君が、そこまでするとは……。

 よほど、怖かったんだろうなぁ。

 人と人は言葉が無くとも分かり合えるという言葉が幻想に過ぎないということが、よく分かってしまった。

 僕は、最初に彼がチラリと見ていた地下図書館の奥を見る。

 そこでは、世界樹の根や地下図書館島のあちこちにある大空洞を介して流れている風が、件の誤解の原因の一つとなった白い布切れを、優しく撫でていた。

 ちゃんと手洗いしたらしいそれは、すでに乾いている。

 あれだけ悲惨な目に遭ってもなお、ちゃんと律儀にそれを洗濯して返そうとしていた彼の心根は、とても優しい。

 夕映君のは横が紐なのか……。

 それを眩しく見ていると、ふと脳裏に思いつくものがあった。

「………そうだ。夕映君なら、真相に辿り着いてくれるんじゃないかな?」

 哲学部にも所属する彼女は、非常に頭が良く回る。
 興味に偏りがあるために学業の成績低くなりがちだけど、決して間違った判断をするような子じゃなかったはずだ。

 もしかしたら、朝に見たいつもと変わらない様子は、真相に気付いていたからなのかも知れない。

「下着を変えてもらっていることには気付くだろうし、それならあの子も、君が決して変なことをしようとしたわけじゃないと……」

 そこまで言って、彼が余計にぐったりしていることに気付く。

 それを見て、僕も分かってしまった。

 いつの間にか下着が変えられていたとして、それを感謝する人間がいるわけないという、根本的な問題に。

 むしろ。






<夕映>



 あの時の怒りは、忘れない。



 全てが終わってのどかと共に女子寮の部屋へと戻って。
 お互いに無事を喜んで。

 そして、疲れた身体を休めようとお風呂にお湯を入れて、のどかが先に入っている間に、私はお手洗いに入りました。

 そして、いつものようにスカートを上げた瞬間、世界が凍りました。


 ────────────下着が変わってる。


 裏返しになっているとか前後逆さまになっているとかそういうレベルの問題じゃなく、全然別の形状の下着になっている。履き変えるのを忘れていたとかいうこともあり得ない。どう考えても、絶対にあり得ない、全く別の下着。

 とあるやんごとなき事情により、私は、下着はいつもサイドが紐状になったものを使っているのです。

 ………そして、今私が履いている下着は、サイドが紐状じゃありません。

 そもそも、私はサイドが紐じゃない下着を持っていません。

 だとしたら、この下着はいかなる過程を経て、私の下肢を今この瞬間も覆っているのでしょうか。

 のどかがこっそり私が寝ているうちに、自分の下着を履かせた?
 そう、その可能性はあり得る。のどかの性格を考えると果てしなくあり得ないけれど、それが一番可能性としては考えられます。考えたいのです。

 だけど、朝にシャワーを浴びてきたのを思い出して、この可能性は断念せざるを得ませんでした。
 寝ている間にしか、私の下着をいつの間にか履き替えさせるなんて複雑な行為を、私の気付かないうちに行うなんて無理です。

 寝ている間………寝ている間!?

 さらに、さらに軋みを上げて、世界が凍り付きました。

 私が意識を失った時間は、今日、もう一度あります。

 何故それを失念していたのでしょうか。
 違う、私はそれを知りながら、あえて目を逸らしていました。

 あの図書館島の地下で気を失った時。
 あの時なら、私の下着を履き替えさせることが可能です。

 ………だとしても。
 のどかがそんなことをするはずがない。
 あの危機的な状況の中で、のどかがそんなことをすることはあり得ません。

 だけど、もう一つの可能性。
 あの怪物が。

 ……………………下着を履き替えさせた?

 なんで。
 あの触手の塊のような怪物が、下着を変えさせる理由……。






 ……………趣味?





 そんな、変態的な…………。

 …………だけど、あのヌラヌラと粘液にまみれた触手を揺らす怪物の姿を見てなお、そんな変態的な嗜好を持っていないと言い切れるでしょうか?

 気絶した私を横たえたあの怪物が、あの無数に生えた触手で……。

 想像してしまった。

 瞬間、顔から火が出た。


「───────────殺します!殺すしか、ありませんッ!!」


 お手洗いの中で上げた、私の高らかな宣言に、のどかか慌てた声を上げたので、慌ててなんでもないと告げた。

 この決意と、私が受けた屈辱は、私の中だけに隠しておくのです。
 いくらなんでも、恥ずかしすぎます………。









「ですから、生徒達の安全を守るため、あの怪物は、図書館島……引いてはこの学園全体のためにも、急ぎ殲滅しないといけないのです!!」

 昼休み。

 昼食を終えて、いつもならばそれぞれが長い休み時間を過ごすその時間に、私は 2−Aの教室の隅で熱弁を振るっています。
 話を聞いているのは、私がお願いして集まって貰った三人と、のどか。

 話しているのは、勿論、あの怪物を退治する計画についてです。

「………ふむ。その怪物を見たというのは、間違いないでゴザルな?」

 呼び集めた三人、その一。
 長瀬 楓さんが、薄目を少しだけ開けて確認してきます。

「間違いないです」
「…私も見ました。ホントですっ」

 私が頷くと、隣にいたのどかも同意してくれる。

 ただ疑うのではなく、あくまで冷静に事実確認をしてきてくれる楓さんの様子に、私は自分の判断が間違っていなかったことを確信しました。
 同じバカレンジャーとして何度か居残り授業を共にした仲ですが、楓さんの運動能力や判断力が、他のクラスメイトとは明らかに異質なものであることは確信していたのです。
 万が一の時に頼れるかも知れない、と思っていたのですが。
 実のところ、頼ろうと決めた今になって本当に大丈夫か心配になってきていたのですが、その心配は杞憂だったようです。

「ムムム……二人が言うのならば、間違いないでゴザルな。それならば同じバカレンジャーのよしみ、助太刀了承したでゴザル」

 細めた目でまったりとした笑顔を浮かべ、楓さんが力強く頷いてくれました。

「質問アル」

 続いて、シュタッと手を上げたのは、私が呼び集めた三人、その二。
 去年の麻帆良祭で、格闘大会優勝を果たした、古菲さんです。

「はい、なんでしょう」

 古菲さんも、私や楓さんと同じバカレンジャーの一員です。
 彼女の運動能力……というか格闘能力は間違いなく学園でも指折りの部類で、今回の作戦を考えたときに、真っ先に私が思いついたのが、古菲さんに頼ることだったくらいです。
 強い敵と戦うのが好きだと常日頃から口にされているのも、私が古菲さんを誘う後押しになりました。
 さすがに、学食の食券5枚だけであっさりと引き受けて貰えたときは、逆に少し申し訳ない気持ちになったものですが。

「ソイツ、どんな攻撃して来たアルか? この前見た怪獣映画みたいに、ビームとか出してきたらチョット困るアル」

 ……ちょっと困るだけですか。
 でも、この質問にはちょっと答えにくいですね。
 適切な答えを考えるていると、隣ののどかが答えてくれた。

「うぅん、そんなことは、してなかったよ。でも……その、手が、いっぱいあったから、格闘大会みたいには、できないと思う……」
「なら大丈夫アル! チョット手が一杯あっても、ヘンな攻撃してこないならワタシの拳法でも十分戦えるアルよ!」

 答える時、のどかはあの怪物のことを思い出してしまったのか、小さく震えていました。
 古菲もそれを察して、ことさら元気に答えてくれる。

「…………私も聞きたいんだが」

 最後に質問してきたのは、私が呼び集めた三人、その三。
 龍宮 真名さんです。

「何故、私が呼ばれてるんだ?」

 いえ、実は私にも良く分からないのですが。

「楓さんの推薦です」

 この計画を楓さんに持ちかけたとき、最初に楓さんが口したのは、万が一のためにも龍宮さんを仲間にした方がいい、という言葉でした。

 楓さんを手の平で示すと、龍宮さんが軽く楓を睨んでます。

「あいあい」

 片手を上げてまったりと笑う楓さんに、龍宮さんが軽く肩を落として額を押さえる。

「……一応、報酬については了承して貰えたと思ったですが」

 龍宮さんとの交渉が一番困難でした。
 成功報酬でいいと言われたとはいえ、報酬として約束した食券の数は間違いなくこの三人の中でトップです。
 それでも、楓さんが太鼓判を押してくれたことを考えると、払う価値のある代価だと信じていますが。

「あー……まぁ、仕方ないな。仕事は仕事だ、しっかり役目は果たそう」

 多少気乗りはされていないようですが、OKは貰えました。
 でも……。

「龍宮さん。私とのどかが怪物に襲われてという話を信じていないのでしたら、無理に私の計画に乗らなくても良いですよ?」

 この計画に、私は全力を傾けているです。
 あの怪物を殲滅するのに妥協するつもりはありませんッ!
 中途半端な覚悟の人では、作戦の失敗の原因になりかねないのですからッッ!!

「……いや、怪物が居るというのは信じてる。話を聞かせてくれ」

 私の顔が本気だと言うことを分かってくれたのか、龍宮さんは真剣な顔になると、あらためて椅子に座り、話を聞く態勢になってくれました。

「あの〜…なんで私まで呼ばれてるんでしょう?」

 そうそう、番外でもう一人。
 葉加瀬さんにも話に参加して貰っているのでした。

「はい。ハカセさんには、怪物退治のために、あるものを用意していただきたいのです」
「あるもの、ですかぁ」

 何故か微妙な顔をされてしまった。
 割と、葉加瀬さんはこういう話が好きな人だと思っていたのだけど、あまり乗り気じゃない様子なのが不思議です。
 適当な代価をお渡しできれば、この怪物退治の計画に加わってくれると思っていたのですが。

 ………?

 ちらちらと葉加瀬さんが見ているのは……、エヴァンジェリンさん?

 見てみると、教室の奥の席から、エヴァンジェリンさんが私達の方を見ているのに気付きました。
 いつもは、あまり周りに興味のない様子なのに、不思議です。

「………エヴァンジェリンさん、なにかご用ですか?」

 ほとんど話したことのないクラスメイト相手だけに、話しかけづらい。
 確か、葉加瀬さんとエヴァンジェリンさんは何度か話しているのを見たことがありましたから、なにか二人での予定でもあったのでしょうか?

「いいや、面白そうな話をしていると思ってな?」

 私の言葉へのエヴァンジェリンさんの返事は、いつものそっけない態度から考えると、少し意外なものでした。

「面白い話じゃないです。真面目に、図書館島に現れた怪物をやっつける相談をしているです」

 とはいえ、本当に面白がっている様子のエヴァンジェリンさんに、からかわれているのか思って憮然として返事を返しました。
 何故か、その答えにエヴァンジェリンさんはますます笑みを広げます。

「勿論、分かっているとも。多大な戦果を期待しているぞ、綾瀬 夕映。頑張ってその怪物とやらを仕留め、図書館島の平和を取り戻してくれ」
「………当然です」

 馬鹿にしている…という訳ではないようですが。
 なんでしょう、エヴァンジェリンさんの様子には引っかかりを感じます。

「あのー…分かりました。あんまり無茶なものじゃなければ、用意します」

 エヴァンジェリンさんの言葉に、何か思うところがあったのでしょうか。
 少し渋っていた葉加瀬さんも、協力を申し出てくれました。

 これで、作戦の準備は整ったのです。

 あとは予定通り進めるだけ。

「それで、なにを用意すれば良いんでしょうか?」

 葉加瀬さんが小さく挙手して質問します。

 私は、満面の笑みを浮かべて用意していた答えを返しました。


「……まず、液体窒素と火炎放射器を用意して欲しいのです」


 ─────────葉加瀬さんの顔が、あきらかに引きつりました。









つづく