第2話 「魔法無効化能力」





<主人公>



 奇声と共に跳び蹴りや謎の冷凍光線を放って襲いかかってくる謎の女の子から俺を救ってくれたのは、メガネのオッサンこと、中等部英語教師、高畑・T・タカミチさんであった。

 この人は麻帆良では割と有名な名物教師で、広域指導員という、ちょっとした警備員さんみたいなことをしている。
 俺も話だけじゃなく実際にその活躍を何度か見たことがあるので、なんとなく名前は覚えていた。
 なにより、俺は何度かこの先生が屋根の上をピョンピョン跳んでるのを目撃して驚愕したことが何度もあるのだ。そんなインパクトのある教師の名前は早々忘れられない。

「………とりあえず、だ」

 エヴァちゃんと言うらしい、その凶暴な女の子を下がらせると、高畑先生は最初に、俺に頭を下げてくれた。

「まず、エヴァ達を助けてくれてありがとう。君がどういう経緯で召喚されて、どういう理由で使役者に逆らったのかは分からないけれど、エヴァ達を襲わず、使役者を倒すことを選んだことに感謝してる」

 いえいえ。
 ……と喋れないので、触腕を左右に振って答える。
 あんなエロそうなオッサンの命令に従う理由は一切ない上に、女の子に襲いかかる理由も当然ないので、当たり前のことだし。

 というか、世の中には召喚魔法というものがあったのかー。
 …っつーかなんで高畑先生は普通に魔法があることを前提に喋ってるのか。 詳しく聞きたいが、聞きたくても喋れないしなぁ。

 そんなことを気楽に考えてる俺をよそに、高畑先生の次なる質問。

「ところで……君は、元の世界には帰らないのかい?」

 いきなりそんなことを真顔で言われた。
 いや、ここが元の世界なんですが。

「ここは君の住む世界じゃない。できるなら、元の世界に帰って欲しい」

 ここが俺が住んでた世界ですよ!!?

 魔物の国なんて行ったことどころか見たことすらないし、そんないかにも怖そうな名称の土地に帰りたくないですって!

 ……っていうか、高畑先生、なんでそんなスルリと元の世界なんて言葉が口から出てくるんですか?

 そんな意志を込めて一生懸命触腕を左右に振ったら、難しい顔をされた。

「……しかし、君は魔法使いに喚ばれて来たんだろう?」

 チガウチガウ。
 触腕を一生懸命に振る俺。

「……えぇと、言葉は通じているんだよね?」

 うわ、知能レベルで疑問を憶えられた!?
 違うんだ!! 俺はこんなアレな見た目だがハートは人間なんですよッ!!

「あの……ちゃんと通じていると思われます」

 おお、分かってくれるか………えぇと、女の子その2さん!

「絡繰茶々丸です」

 ぺこりと挨拶してくれた。いい人だ!
 よく見ると明らかに人間じゃなくてロボットっぽい部品が耳のところとかに付いてるけど、そんなことがどうでも良くなるほどいい人だ!!
 あちこち破れている服の隙間から見える柔肌は、関節の継ぎ目とかが見えていかにもメカメカしいけど、そんなことまるで気にならないねッッ!!

 って、いかんいかん、まじまじ見ちゃ駄目だよな俺。
 女の子なんだし。

「………茶々丸くん、服が」

 俺が自分の触腕で自分の目を隠しだしたのを見てさすがに気付いたのか、高畑先生が、上着を脱いで茶々丸さんに羽織らせてくれた。
 気が利くなぁ。
 ダンディでステキだ。俺もこんな大人の男になりたい。

「ありがとうございます、高畑先生」
「……その服は?」
「触手から分泌される粘液に、繊維を溶解する機能が備わっていたようです」

 わーーーい、俺のせいだった。

 なんだこのエロ能力。死にたい。

「フン、見た目通りの汚らわしい能力だな」

 女の子の目が氷点下の如き冷たさで俺を睨む。
 俺の評価が、バケモノからもっと下のナニカに低下した。

 土下座して謝りたいが、そもそも立てないで地面を這いずってる俺は、土下座とか不可能だ。むしろ地面に穴掘ってそのまま潜っていってしまいたい。

「反省されているようです」

 そんな、恥ずかしさと苦悩に身をよじっている俺の動きを、簡潔に茶々丸さんが解説してくれた。

「…………………茶々丸、さっきから気になっているんだが、いったいどうやってあの蛸の動きから意志を汲み取っているんだ?」
「ハカセが以前に作成した、蛸型ロボットの感情表現プログラムに組み込まれていた動作を参考にしています」

 そうだったのか。
 今の俺の動きは、反省するタコに酷似しているのか。

 ……反省するタコってなんだ?









 さて、その後の高畑先生との会話から分かった事実は、俺にとって恐るべきものであった。

 なんと、この麻帆良学園には魔法使いが存在しているのだ!

 そして、俺をこの化物の姿に変えた魔法使い風のオッサンはこの麻帆良学園を狙ってやって来た悪い魔法使いで、高畑・T・タカミチさんはそれをやっつけに来た善い魔法使いらしい。

 ちなみに、俺を未だに虎視眈々と狙っている気がする女の子も、そういう善い魔法使いの味方らしい。
 魔法少女的ポジションなのだろうか、ちっちゃい女の子だし。
 めっちゃ凶暴だけど。

 高畑先生と茶々丸さんは、エヴァとかマスターとか呼んでるけど、俺には自己紹介してくれないので、とりあえず『女の子』でいいや。

 それはともかく。
 高畑先生によると、魔法のことは一般人には秘密なので、俺みたいな化け物が一般人の目に見られたらマズいらしい。
 俺はその説明に、目から鱗が落ちる思いだった。
 この麻帆良で過ごした一年でずっと感じていた俺の違和感の答えが、唐突に分かったのである。
 今まで俺が見ていた違和感の原因のほとんどは、高畑先生の言う、魔法使いの力によるものだったんだろう。

 俺をどうするかはこの麻帆良学園の学園長が決めることになるらしい。

 女の子は、『こんな始末に困るバケモノは、そうそうに始末するべきだ』と血も涙もない意見を繰り返し語ってくれたので、凄い泣きたくなった。

 そう。

 高畑先生たちは、未だに俺のことを“魔界から来たけど何故か善の心に目覚めた怪物”的なものだと思ってるのだ。
 いや、違いますから。
 魔界産じゃないんです。

 女の子が、呪文で元の世界に返すのが妥当〜…とか言い出しちゃったので、俺は盛大にこのやたらいっぱいある脚を使って、帰りたくないと主張した。
 俺は人間だし、そんな俺の帰るべき場所は、そもそも魔物の闊歩する大魔界でも異次元でもなく、この麻帆良学園なのだ!

「………なにを言いたいのか全然分からんが、こいつは図々しくもこの世界に居座りたいと主張しているようだぞ」
「みたいだけど、それ以外にも何か訴えようとしてるような……」
「知るか。いい加減気色悪いから、私はもう付き合わんぞ?」

 しかし、俺の努力も虚しく高畑先生と女の子には、俺の必死の主張はほんの一部しか通じなかった。

 俺が人間だってことを伝えるのは、不可能なのか?
 ………そりゃそーだよな。
 こんなグロいバケモノを見て人間だとか思うヤツはいないだろう、実際。

「あの、高畑先生」

 自己主張を諦めて、ネガティブ思考になりかけていた俺を助けてくれたのは、茶々丸さんが持ってきた土で汚れたボロボロの学生鞄だった。

 あ、俺の学生鞄。

「……それは?」

 高畑先生の顔が真剣になる。
 そりゃそうだ。ボロボロの学生鞄には、黒く凝り固まった俺の血が、べっとりと張り付いている。

「マスターと私が到着した際に、侵入者が殺害していた男子生徒の所持品です」
「被害者が出ていたのか」

 高畑先生の顔に苦いものが混じる。
 さすがに女の子の方も、鞄を見る顔を歪めていた。

「遺体は……」
「死体は、肉片の一片も残さず召喚の生け贄に使われた」

 高畑先生の問いに、硬い声の女の子が答える。
 ああ、善い魔法使い側の人たちだから、やっぱり俺みたいな一般人が犠牲になるのは責任を感じるんだよな。気にしなくて良いのに。

 そっか。

 俺は、触腕を伸ばして、茶々丸さんが手にしていた学生鞄を取る。

「……あ」

 ごめん茶々丸さん。すぐ返すから。

 触手と触腕を使って、鞄を開けてから、中をごそごそと探る。
 ああ、我ながらスムーズに触手が動かせてるなぁ。どうなってんだろう俺。

「…………………なにをしている?」

 女の子が問いただす口調で聞いてきたので、慌てて探していたものを取り出して、女の子の方に見せた。

 麻帆良学園高等部の生徒手帳。俺の生徒手帳だ。
 それを開いて、中に貼られてある、かつての俺の写真を見せる。

 それを触手の先で指してから、次に、俺自身を触手の先で指す。

 写真を指して、自分を指す。

 しつこく何度もその動作を繰り返していると、怪訝な顔をしていた高畑先生と女の子の顔に、急に理解の色が浮かんだ。

「まさか、貴様は………」

「……………………………そんなことが」

 それきり、二人は絶句してしまった。






<タカミチ>



 学園長室へとヌメヌメ入ってきた魔物の姿に、待ち構えていた魔法先生たちが、一斉に身を固くする。

 何人かは、顔を青醒めさせて後ずさっているし、逆に刀子先生やシスターシャークティなどは、あからさまに攻撃の準備をしている。
 無理もない。
 なんというか……その彼の姿は、女性から嫌悪を抱かれる要素を世界中から集めて合体させた挙げ句にしつこく煮詰めたみたいな、とんでもなく気色の悪い形状をしているからだ。
 魔法世界にもこういった幻獣・魔獣の類はいるが、この魔物はそういう存在の更に上をいく気色悪さを放っている。

 これで本人に悪気がないんだから悲惨だとしか言いようか無い。

 触手をふるふると振るわせる様子に、攻撃の気配を嗅ぎ付けた魔法先生達がさらに警戒を強めて杖を握りしめた辺りで、さすがに僕も口を出さざるを得なくなった。
 別に攻撃しようとしてる訳じゃなくて、純粋に驚いて震えているだけみたいなんだけど、やっぱり普通に見てたら気付かないよなぁ……。

「……やめて下さい。彼には敵意はありません」
「しかし、どう見ても」
「いいからやめて下さい。彼が此処で暴れ出すなんてあり得ない」
「……………タカミチ君の言う通りじゃ」

 学園長が助け船を出してくれたお陰で、最後まで渋っていた刀子さんも刀を鞘に収めてくれた。
 緊張感は続いていて、おかげで彼は未だにビクビクしているけど。

「ここに彼を呼んだのは、戦う為じゃないぞい?」
「……分かりました」

 まぁ、無理もない。
 学園長室の中央にいる彼の触腕は、この部屋の端から端まで届く。
 一瞬で、ここにいる全員との距離をゼロに出来るだけの攻撃範囲を、一方的に相手が持っているのだ。
 戦闘者としての側面の強い魔法先生が警戒を強めるのは仕方がない。

 ………こんなことを考えている時点で、僕も警戒しているんだろうなぁ。

 実際は、学園長室の中央に連れてこられた彼は、敵意に満ちた視線に驚いて、落ち着かなげにキョロキョロと周囲を見ているだけなのに。

 僕はこの空気を払うように一度咳払いすると、学園長に口を開いた。

「報告は先に連絡した通りてす。侵入者の魔法使いの男は捕縛して、その犠牲者である彼を、ここに連れてきました」

 エヴァと茶々丸君は、侵入者を連行するために別れた。
 というか、エヴァはすぐにでも彼から離れたそうにしていたからしょうがない。茶々丸君は、心配そうにしていたが。

「……………彼が犠牲者であるというのは、間違いないのかの?」

 学園長が、一度彼の体を上から下まで見てから、聞いてくる。
 その目はいかにも怪しそうなものを見る目つきだ。

「精神を探査する魔法が無効化されてしまうので、断言は出来ませんが……」

 エヴァと一緒に、彼の言葉が真実であることを確かめようと、いくつか手は打ったのだが、結局うまくいかなかった。
 魔物としての彼の能力なのか、念話や思考走査の魔法があらかた無効化されてしまうのである。

 その問題は彼にも話してある。
 彼自身の行動以外、彼が元は殺害された男子生徒であったという事を示す証拠はないのだ。
 だから、彼は慌てて触腕の一本に持っていたルーズリーフを開いた。

《ホントですよ》

 と、マジックで書いてある。

「……ほら、彼もそう証言しています」
「いや………なにかしらツッコミたいところが沢山あるんじゃが」

 学園長が頭痛を抑えるようにこめかみを押さえる。

「というか、あからさまに怪しいじゃないですかッッ!!」

 刀子さんが抜刀しつつ吠える。
 慌てて彼がルーズリーフにマジックを走らせて、刀子さんに開いた。

《怪しくないですよ〜〜》

 慌てて書きすぎて、最後の「よ」と「〜」がくっついている。

「………斬ります」
「あああああぁぁぁぁぁ待って下さい刀子さんホントに斬らないで! ほら、彼も泣きそうになってるじゃないですか可哀想ですよッ!!」

 慌てて刀子さんを止める。彼の方はマジ泣きしていた。
 目を潤ませて触手を一生懸命左右に振り、自分の無実を示そうとしている姿は、不気味以外のなにものでもない。
 他の魔法生徒達がその必死な姿にドン引きしている。

「とにかく! 彼が殺害された男子生徒と同一人物なのは間違いありません」
「しかし、記憶だけを吸収しているという可能性も……」
「彼は自分が無実の一般人であることを行動で示しています。逃げ出そうとするなら、その機会はいくらでもあったんです!」
「……………しかし」

「まぁ、待ちなさい」

 なおも食い下がろうとするガンドルフィーニ先生言葉を止めたのは、学園長の言葉だった。

「彼が殺害された男子生徒だというなら、彼が今、こんな姿になっているのは、我々魔法使いが原因じゃ。彼を守れなかったんじゃからの」

 その言葉に、学園長室の全員が息を飲む。
 刀を抜いていた刀子先生も、さすがに動きを止めて、刀を鞘に収めた。

「君は、なにかして欲しいことはあるかね? 儂らでできることなら、出来る限りの便宜を図ろう」

 そう聞くと、彼は手にしていたルーズリーフに、マジックを走らせた。
 それを開いて学園長に見せる。

《元にもどりたいです》

「…………それは無理じゃ。変身の魔法は存在するが、君のような魔物に対して他者が魔法をかけるのは難しい。方法は探すが、簡単にはいかんじゃろう」

 学園長が首を振ると、彼は明らかに落胆の様子を見せた。
 触手が地に垂れて、力無く床を這う。

「他には、あるかの?」

 もう一度、学園長が訪ねる。
 魔法先生達の視線にあった敵意は、すでに無くなりつつあった。
 彼の気配に、演技ではない悲しみを感じたからだろう。

 学園長の言葉に、彼はしばらくルーズリーフの前でマジックを掴んだ触手をさまよわせてから、もう一度、願い事を書いた。

《学生鞄に入ってる、今日借りた本。図書館に返しておいてください》









 しばらく休ませるために、彼は他の魔法先生に伴われて学園長室から一旦出て行くことになった。

 もう深夜というよりも朝に近い時刻だ。招集されてきた魔法先生達にもわずかだが眠気を感じている様子がある。
 彼に敵意がないと分かって緊張感が抜けてきているのだろう。
 いい傾向では、あると思う。

「……それで学園長、彼はどうでした?」

 この学園長室には、僕やエヴァが簡易的に使うものよりもずっと強力な精神探査の魔法が用意されている。
 学園長のことだ、それを会話の間に発動させていたのは間違いない。
 彼の真意を学園長は読むことが出来たはずだ。

「彼は、シロ……じゃろうな」
「分からなかったんですか?」

 学園長が言い淀んだのを見て、驚く。
 いくら悪魔が総じて高い魔法抵抗力を持っていると言っても、熟練の魔法使いである学園長によって綿密に準備された強力な魔法を打ち破るのは難しい。
 その精神走査魔法に、抵抗したのか。

「……彼の前後の行動は、警備用のカメラが捉えておったんじゃが」

 僕の驚きを余所に、学園長は唐突に話を変えた。

「彼は、侵入者の魔法使いが作り出していた人払いの結界を完全に無視していたんじゃよ。同行していた友人には効果が認められていたから、彼のみをあの侵入者が引き入れたという事はないはずじゃ」

 なんだって? なら、彼は魔法使い…?
 僕の表情から察したのか、学園長は小さく笑った。
 少し疲れたような笑い。

「違うのぅ。彼の身辺については、学園に入る際に調べられとる。……高畑君、君は、もう一つの可能性に心当たりがあるじゃろう?」

 その言葉に、即座に思い当たる。

「まさか……魔法無効化能力……?」

 僕の言葉に、学園長が頷いた。

「そうじゃ。ごく一部、精神に作用する魔力に、彼は強い耐性を持っておる」

 そういうことか。
 だからこそ、巻き込まれたのか。
 偶然に。

「恐らく、悪魔の召喚の際に彼の精神が残ったのも、本来は使役者に従うはずの彼が、使役者に逆らうことが出来たのもそれが原因じゃろう」

 魔法使いに対しては絶対とも言えるその能力は、極めて希少度が高い。
 まさか、人間界で過ごす一般人が偶然にその能力を持っていて、そして偶然にこの麻帆良学園にやってくるなんて……。

「幸運、なんじゃろうな。……彼が今、自分の意志を持っておるのはその能力によるものじゃ。だから、悪魔が体を乗っ取るようなことはありえん」

 召喚された悪魔の精神は一瞬で消滅したのだろう。
 あらゆる魔法の効果を無効化する絶対の能力の前には、強大な悪魔の精神すらも、なんの役にも立たない。

「…………ですが、彼の命を守る役には立たなかった」

 彼の魔法無効化能力は、精神は守れても肉体を守るわけではないのだろう。
 もしそうならば、彼はまだ生きているはずだった。


 この麻帆良の地で過ごしている、とある少女のことを思う。
 彼女もいつか、こんな『偶然』に、捕らえられてしまうのではないか、と。
 脳裏に幾つかの、重い記憶がよぎる。


「ままならぬものじゃな」

 僕の表情を読んだのだろう、学園長が低く溜息をついて、話を打ち切った。
 妙に重苦しい空気が、学園長室に残る。

「………学園長は、彼をどうするつもりですか?」

 黙って話の推移を見守っていたガンドルフィーニ先生が、話が一段落したのを見計らって口を開いた。
 彼は、魔法先生の中でも特に常識人である。
 それだけに、彼の身柄をどうするかという問題の大きさ、困難さを理解しているんだろう。

「うむ。……どうしたもんかのぅ」

 聞かれても困るなぁ。
 ガンドルフィーニ先生も、言葉を止めて押し黙る。

 ふと、なにかを思い出したらしい学園長が、ポンと手を叩いた。

「そう言えば、来月からネギ君が赴任してくるんじゃったの」
「…は?…はい、そうですが」

 いきなりナニを言い出すのか。

「試しに、彼を副担任にしてみてはどうかの?」

「いやネギ君マジ泣きしますよ?」
「学園長それはどうかと…」
「どう考えてもそれは試験とかじゃなくて単なるイジメですよ!?」
「アレを中等部女子にいれるなんて危険すぎます!!」
「むしろネギ君が危険です!」
「ナニ考えてるんですか学園長!?」
「……………………斬っていいですか?」

 猛反対にあって、一番アレな案は却下になった。
 いや本当に良かった。彼のためにも世間のためにも。

「……さすがに無理かのぅ」

「「「「「「「絶対無理です」」」」」」」

 とりあえずこの件については、魔法先生全員の意志は一つだった。

「……うむむ。ならば、彼には一旦、図書館島の地下に隠れてもらうことにしよう。その間に、儂の方で彼を助ける手段を調べよう」

 魔法先生達の目の中に危険なものを感じたのか、学園長が次に出してきた案は、全員が納得できる無難なものだった。。
 図書館島の地下は、防衛装置の操作によっては完全に閉鎖されたブロックを作り出すことも出来る強固なシェルターでもある。
 魔法先生や学園長でもその中を完璧に把握しているとは言い難いが、それでも一般の生徒よりもずっとその内部には精通している。
 言い方は悪いが、彼を『隔離』しておくのに、これほど便利な場所はない。

「なるほど、それなら問題ないと思います」
「……そうですね。学園の生徒達と遭遇する危険もないでしょう」
「彼の身の安全も確保できるでしょうし、僕も賛成します」

 その案に納得した魔法先生達が口々に了承することで、とりあえず、今回の侵入者と犠牲者である彼の扱いについての件は終了となった。

 魔法先生達がそれぞれ学園長室を出て行く。

「……………学園長」
「なにかの?」
「最初の案、次の案を飲ませるためにワザと言いましたね?」
「……ふぉっふぉっふぉっ」

 ありがちな手だし、何人かは気付いていたと思うけど。
 さっさと帰ってしまったエヴァがこの場にいれば、このタヌキが、とでも罵っただろう。
 とはいえ、人のためになる狸だ。大いに化かしてもらいたい。

「しかし、彼を一人で放置してしまって大丈夫ですかね?」

 まさか、図書館島の罠にかかって人知れず息を引き取ったりはしないと思いたいけど。元々は一般人の彼がそんな環境に耐えるのは難しくないだろうか。

「ふぉっふぉっふぉっ、それに関しては、面倒を見てくれる人物に心当たりがあっての。心配無用じゃよ」

 そう言った学園長は、小さくウインクして笑った。









つづく