第1話 「不幸な青年の死」





<主人公>



 そもそも、俺は麻帆良という土地があまり好きではなかったのである。

 引っ越してから高校生活を一年間過ごしても、俺はこの、ひどく非常識で、いつもお祭り騒ぎが行われている土地に馴染めなかった。

 別に嫌いというわけではない。
 ここに住んでいる人達は、都会に近いながらも実におおらかな人達ばかりで、俺みたいな、親無し一人暮らしの余所者でもすぐに受け入れてくれた。
 気の置けない友人もできたし、あまり気の進まない状態で入った部活動も、今ではそれなりに楽しんでいる。

 じゃあ、なにが好きではないかというと。

 なんとなく、嘘くさい。

 この都市で過ごしていると、時々、そんな思いが沸き上がってくるのだ。
 この街では時々、明らかに街の外ではあり得ないような、とんでもないことが起きている。

 例えば、あきらかに科学技術的に“現実よりも”凄すぎるような機械や装置が動くのを見かけたり。

 例えば、どうみても人間業じゃない運動能力で、街の屋根の上を駆け回っている人影を見かけたり。

 そんな時、俺はいつも指を差して驚くが、誰もそれを取り合わない。

 無視する訳じゃない。

 ただ、「おー、すごいなー」とか「なんだありゃ?」とか返事は返ってくるが、それはただ返事しただけで、本気で驚いたりしないのだ。

 だから、俺はいつしか、麻帆良の地で驚くことを止めた。
 正直、どうでも良くなったのである。









「……あれ?」

 寒い夜だった。

 もうすぐ2月である。
 いい加減、暖かくなってきても良いのになぁ、などと思いながら、俺はいつもより少し遅めの帰宅の途中だった。

「おーい、シンイチ?」

 先ほどまで隣を歩いていた、俺の友人の一人が、いつの間にか隣からいなくなっていたのである。

 思わず名前を呼んで周りを見てみるけど、すぐそこにいるはずの友人の返事はどこからも返ってこなかった。

 そりゃ、まだ陽が落ちるのは早いので辺りは暗いが、別に街灯がないような真っ暗な道というわけでもない。

 いつの間にいなくなったんだ、と思って辺りを見回すと、ずっと後方に、道に背を向けて歩いていく友人の姿が見えた。

「……なんだろ?」

 たしかに、俺がやっている図書委員の仕事が長引いたせいで帰りが遅くなったのは悪かったがと思うけど、なんでいきなり別方向に帰り出すんだろう。

 シンイチは俺と同じ男子寮住まい。帰る場所は同じの筈だ。

「うーん、女の子との用事でも思い出したのかな?」

 あまり女の子との付き合いがない俺と違って、シンイチは付き合っている彼女もいる。気付かなかったけど、携帯か何かで呼び出されたのかも知れない。

 そう考えて、俺は小さくなっていく友人の背中を見送った。

 図書委員の仕事を手伝った見返りに、部屋で料理でもご馳走してやろうと思っていたんだけど、ナシになっちゃったなぁ。

「ま、いいや。借りちゃった本もあるし、今夜はゆっくり読書でもしよっと」

 図書委員の役得で優先的に予約させてもらっていた本が、今自分の鞄の中にあるのを思い出して、俺は少し気分を直す。
 はやく読んで返さないと、次に読みたい人もいるだろうし、久しぶりに徹夜で一冊コンプリートといこうかな。

 そう決めて、明日の午前の授業が、居眠りしてもOKな教師の担当かどうかを考えていると、道の先に変な人が陣取っているのに気付いた。



 そこにいたのは、いかにも魔法使いという人影だった。

 黒いローブに、先のねじくれた杖。顔はフードで隠していて、やたら肌の青白い皺だらけの口元だけが見える。



 うわ、怖ー。

 俺は、あんまり目を合わさないようにして、そそくさと道の脇に避けた。

 時々いるのだ、麻帆良で過ごしていると、こういう変な格好の人が。
 どうせ、変な人だと指を差しても誰もマトモに相手してくれないから、もう見るのも慣れっこだ。
 さすがに、こんな目の前にいるのははじめてだったけど、こちらから話しかけた事なんて無いし、話しかけたくもない。

「………そこのガキ」

 だから、俺は、そいつが声を発したときも、コイツは別に俺に話しかけてるわけじゃないんじゃないか?と思っていた。
 それでも、俺がとっさに顔を向けると、その“魔法使い”は間違いなく俺を見ていて、目が合ってしまった。

「なんで…す……か?」

 返事をしようとして、俺は急に喋りにくくなっていることに気付く。
 口の奥から、空気の代わりに、液体が溢れてくるからだ。

「ぐっ…げふっ…」

 咳き込んだ俺の喉から溢れてくる液体は、赤い。

 不意に、足元から力が抜けて、すとん、と俺は前のめりに倒れる。

 あとからあとから、口から液体が溢れてくる。

 血だ。血が止まらない。なんで。

 本、返さないと。






<エヴァンジェリン>



 私が到着したとき、すでにその場所は血の海になっていた。

 私と同じ、麻帆良の“警備員”が返り討ちにあったのかと思ったが、目を細めて確認した死体の顔は、麻帆良に在学している魔法生徒の誰とも一致しなかった。

 人払いの結界は張られている。

 恐らく、引き入れて殺したのだろう。
 情報収集のためか、或いは、殺害することに何らかの意味があるのか。

「倒れている男子生徒には外傷が見られませんが、胸部に不自然な熱反応があります。恐らく」

「………ふん、中途半端に内臓を灼いたか。せめて一瞬で焼き尽くせば血を吐くこともないだろうに」

 私のすぐ側を飛行している茶々丸の報告に答えて、飛行のために展開していたマントを畳みながら地上に着地する。

 名前も知らない男子生徒の骸の側に、目標がいた。

「ほほぅ、その名も高き『闇の福音』か。その悪名には憧れておりましたが、このような極東の地で魔法使い共の走狗をしているとは、ははは」

 侵入者。
 黒色のローブに身を包んだ男は、にやにやと皺だらけの口元を歪めながら、ぺらぺらと喋り出す。

「しかも、子供のママゴトとは……なかなか可愛らしいですなぁ、その衣装。その幼い容姿には良くお似合いですよ、ひひひひひ」

 引きつったような笑い。
 麻帆良学園中等部の制服を身に着けている私に、そいつのフードの奥から覗く、爬虫類を思わせる目が向けられる。
 いやらしく細められた視線が、身体を上から下へとゆっくりと舐める。

 子供がそんな視線に晒されれば、恐怖に身をすくませるだろう、な。

「…………………はは」

 だが、私は乾いた笑いを返しただけだった。
 なんとつまらない侵入者か。

 傍らに立つ茶々丸に、小さく「やれ」とだけ言う。

 そして、私と侵入者の男を照らしていた街灯の明かりが、一斉に消えた。
 道の端から端、視界に映る明かりは全て消える。

 茶々丸が、麻帆良都市の機能に介入して操作した結果だった。
 吸血鬼である私の瞳は、暗闇の中でも獲物を見失うことはない。
 男の動揺が、手に取るように分かる。

 暗闇の中で、嗤った。

「助かるぞ。貴様のような外道が相手だと、殺すのが楽だ」

 侵入者の男が慌てた様子で杖を振るい、炎が周囲を照らす。

 その時にはもう、男の目の前まで距離を詰めていた茶々丸が、男の腹部へ拳を突き出そうとしている。

「…ハッ!」

 男が短く笑う。引きつった笑い。

 男の影から生まれた黒い影が、茶々丸の拳を受け止めていた。

 知性を奪って自在に操られる死霊か。
 物理的な攻撃に耐性のある死霊は、魔法使いの従者に対しては容易には踏破できない壁となりうる。

「不意討ちとはなぁ! だが、そのようなものに頼るようでは……」

「…引っかかるようでは、な」

 男の声を遮る。
 暗闇が広がると同時に私が張り巡らせた“糸”に引かれて、次の魔法を仕掛けようとしていた男は、無様にその場に転げた。

 自分が魔法で明かりを作る間、茶々丸が距離を詰めて殴りかかる間、死霊を盾に後ろに下がる間、私が何もしないとでも思っていたのか。
 相手を見下すしか能のない、つまらん侵入者だ。

「死ね」

 簡潔にそれだけを言うと、私は手の中に取り出した魔法薬を宙に放った。
 触媒として機能したそれから、私が構成した『魔法の射手』が放たれ、無様に転がる侵入者の男に降り注いだ。

 氷の矢が瞬く間に侵入者の魔力障壁を削っていく。
 “糸”は切れたが、もはや持ち直せまい。

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 男の無様な悲鳴に、私は顔をしかめながら、悲鳴を止める為にもう一つの魔法薬を宙に放った。

 茶々丸が死霊の拘束を振り解いているのは分かっていたが、止めの一撃を任せるつもりはない。

 無詠唱で脳裏に作り出した魔法の構成は『氷爆』。魔力障壁もなく直撃すれば、間違いなく人間を殺害せしめる威力の魔法。
 私は、この魔法使いを殺すつもりだった。




 その時。




 足元から、魔力の奔流が吹き上がる。

「……ッ!」

 不意を打たれたせいで、魔力の構成に失敗して、魔法薬が触媒として機能を果たすことなく地面に落ちる。

「はっ、ははははっ、やった、成功したぞ! くはははははっ!! 私は、麻帆良の結界を破ったッ!!」

 男が、地面にへたり込んだまま笑う。
 狂ったような哄笑。

 地面には、魔法陣が輝いていた。
 魔法陣を描く赤い血は、地に伏した男子生徒の骸から流れたもの。

「そういう、ことか…!」

 一般人を殺害した理由!
 戦いの中では無関係だと、忘却していたそれが、侵入者の切り札!!

 そして、すでに侵入者の手を放たれた切り札は、止められない。

 あり得ない。

 強力な召喚術は、麻帆良の結界の下では不可能の筈だ。
 こんな男が、強固さでは類を見ない麻帆良の結界を破って、生け贄を使うほどの強力な悪魔を召喚する?

 あり得ないはずだ。

 だが、もう召喚は止まらない。


 男子生徒の骸が、操り糸に手繰られたように、手足が跳ね上がる。歪み、引きつり震えるそれは“内側に”ねじ曲がっていく。
 そして、肉塊と化したそれが、魔力の奔流と共に不意に膨張を開始した。

 爆発するように膨れあがる肉は、軟体動物を思わせるぐにゃりと歪んだシルエットを作り出し、そのねじれた無数の脚が、誕生の喜びに打ち震えるよう宙へと伸ばされる。
 脚とは別に口腔から伸びた、醜く捻れる無数の触手が、ひきつったように打ち震えながら、捻れた踊りを繰り返す。
 その触手は粘液に濡れていて、糸を引いて地面へ滴るその液体は、奇妙な甘い匂いを周囲に撒き散らしていた。

 そして、その無数の脚と、触肢の奥。
 汚濁の底で輝くような、丸い金色の瞳が、私を見ていた。



 自分の背筋が凍ったのが分かる。

「……茶々丸、一旦引くぞ!」

 叫び、地を蹴った。

 追撃を警戒したが、へたり込んだままの侵入者の男は、動かない。

 足首のブースターを使用して地を蹴った茶々丸が、跳んだ私を抱きとめて一気にその場を離脱する。

 だが。

「捕らえろッ!!」

 男の声が背後から追いかけた瞬間、衝撃が走った。

 急激に茶々丸の動きが止められる。
 その腕の中にいた私は、急激なブレーキの衝撃に耐えきれなかった茶々丸の手を離れ、宙に投げ出された。

「マスター!」

 叫ぶ茶々丸を見る。
 その手足に、ぬらぬらと粘液に濡れた触手が絡みついている。

「な…」

 あの悪魔が出現した地点から、20メートルは離れていたはずだ。
 一瞬で、その距離を詰められたのか。

 魔法薬を。迎撃しなければ。

 手の平が次の手を探り当てようとする暇もなく、魔物の触腕が伸びた。
 十数メートル先の宙を舞っていた私に、魔物の触腕はあっさりと届いて、ぞっとするほど優しく、私を抱きとめた。

 肌をなぞられるような感触に、私の理性が悲鳴を上げる。

「ひっ……」

 その瞬間、私は、反撃する手すら忘れて、自分に襲いかかるその悪魔の姿に、自分を襲うであろうおぞましい運命に、ただ怯えて。

 子供のように、悲鳴を上げていた。






<主人公>



 うわごめんなさい!

 小さな女の子が上げた悲鳴に、俺は反射的に抱きしめていた腕の力を抜いた。
 さすがに落っことすわけにもいかないし、そっと下ろす。

 イテテ。

 なんか反射的に捕まえていたもう一人の女の子がものすごく暴れていたので、その子も離して、腕でそっとつかんで地面に下ろす。

 乱暴に捕まえちゃったので怒られると思ったが、その女の子はぼんやりとこちらを見返してくるだけだった。
 いや、さすがにいきなり抱きつかれたから、怒る前にビックリするよな。

 あれ?
 なんで俺、女の子をいきなり捕まえようとしたんたんだっけ?

 不意に、後ろから叩かれた。

 イテ。

 後ろを見ると、なんかねじくれた杖を持ったオッサンが喚いている。

「なにをしている! その娘達を捕らえろ!! その肌を嬲り尽くし、我が下僕となるまで調教して…」

 うわなんかエロいこと言い出したよ。調教て。

 うわ、危ない人だな、と思った途端。
 反射的に手が出ていた。

 腕を体に巻き付けて

「おわーーーッ! なにをする貴様!!」

 軽く振ってから、投げる。

「ギャワーーーーッ!!?」

 ぽーん、と飛んでいった男は、ぽと、と地面に落ちて動かなくなった。
 後は警備員さんを呼んでお任せしよう。
 さすがに学園の辺りをあんな致命的な変質者がうろついてるのはマズい。

 あ、もしかして、あの女の子達ってあのオッサンに襲われかけてたのかな?
 それは大変だったなぁ。
 きっと怯えてるだろうし、心に傷ができてなきゃ良いけど……って、俺、抱きついちゃったよ! 駄目じゃん俺!!

 ふと見ると、さっきの女の子達はまだぼんやりとこちらを見ている。

 小さい女の子の方は、さっき地面に下ろした時のままの姿勢で、ぺたんと地面に座っていた。

 えぇと。

 とりあえず、声をかけないと。

 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・・

 声が出ない。

 というか、あれ? なんかおかしくね?

 なんか妙に手が長くなっているっていうか、あれ? 足が? ない?

 なんか全体的にねばねばしてるし、手がいっぱいあるし、なんか舌がいっぱいあるような……おおおおおお? なんじゃこりゃ!?

 ちょっと待った。落ち着け。深呼吸……って、なんか息してる感触が変だ。なんか空気吸ってる感触が変だ。っつーか俺、口デカいよ!?

 ちょっと落ち着け、えぇと、深呼吸が駄目なら、ラジオ体操で……って、足ねぇじゃん!! うをッ、立ち上がれねぇよ俺ッッ!!

 どーなってるんだこれ!!!?






<タカミチ>



 遅かった……か?

 結界が綻ぶ気配は、地を蹴って闇を進む僕の方まで届いた。
 先に侵入者の迎撃に出たエヴァンジェリンでは、結界を越えるほどの魔力を持つ術者を迎撃するのは難しいはずだ。

 敵の実力を見誤ったつもりはなかった。
 エヴァンジェリンも同じだろう。

 この麻帆良に敵意のある存在は、結界を抜ける際の“抵抗”で、ある程度の力を計ることができる。
 感じとった侵入者の実力は、凡百のものでしかなかったはずだ。

 だが、実際は。

 思考を切り捨てる。エヴァと、茶々丸君の姿が見えた。

 街灯を蹴り、二人の側に着地する。

 すでにそこには、麻帆良の結界を破って召喚された、悪魔の、その異形の姿があった。

 無数の触手と、太い触腕を7本備えた、蛸に似た体躯。
 それが、この麻帆良の地に顕現し、おぞましくも奇妙な踊りを踊っている。
 その体躯が蠢き、転がるたびに、小さく空気が揺れる。

 隙……だらけだった。
 攻撃してくる様子もない。

 ………なにをやってるんだ?

「……あの、タカミチ、先生」

 攻撃を仕掛けてくるでもなく、何故かその場で転がっている魔物を前に手を出しかねていると、その場に立っていた茶々丸君が話しかけてきた。

「……………一体、どうなっているんだい?」

 奇妙な状況だった。

 エヴァンジェリンが、敵を討つわけでもなく、ぺたんとへたり込んだ姿勢のまま固まっていて、茶々丸君もまた戦うことも自分のマスターを護衛することもなく所在なげに立っている。

 ……周囲を見ると、侵入者らしい魔法使いが頭から地面に突っ込んで倒れているのが、遠くに見えた。

「あれは、侵入者が召喚した魔物です」
「…うん、そのようだね」

 茶々丸と僕の視線の先で、まだ魔物はごろごろと前転とも後転とも知れない動きを繰り返している。
 ………転がりすぎて、どっちが上か分かんなくなってきたなぁ。

「召喚された直後、魔物はマスターと私に攻撃してきた………のですが」

 茶々丸が言いよどむ。
 本当に珍しい反応だ。

「何故か、すぐに攻撃を止めて、侵入者を攻撃しました」
「なるほど」

 それで、あの頭から地面に刺さってる魔法使いか。

「それで、今は?」

 魔物は、まだゴロゴロやっている。

「……………直立をしようと試みているようです」
「そ、そうなのかい?」
「間違いありません」

 全然そう見えないんだが……そうなのか?
 僕には蛸がごろごろと転がっているようにしか見えないが、茶々丸君が断言するからには確たる根拠があるのだろう。

「……あ」

 茶々丸が口を開いて驚きの表情を作ったのを見て、僕もその視線を追う。
 そこには、なんと直立に成功しつつある蛸の魔物の姿があった!

「おお」

 直立すると、全長4,5メートルくらいある。
 ……というか、思ったより小さいなぁ。どうも、足が伸び縮みするせいで大きく見えるみたいだけど……
 蛸が、直立している姿は、かのSF作家の名作に登場した火星に住むエイリアンの図に、実にそっくりだった。

 体を支えている足……触腕が、ふるふると震えている。辛そうだ。
 何故直立しようとしているのか分からないけど、凄いガッツだと思う。

 …などと、茶々丸君と二人で眺めていたら、後ろでエヴァが復活した。

「カーーーーーッッッッ!!!」

 奇声を上げつつ立ち上がると、そのまま必死に直立していた蛸…じゃなくて、魔物に跳び蹴りを喰らわせる。

 一瞬、エヴァが反撃を受けるんじゃないと警戒したけど、全くその心配はなく、魔物は綺麗に放物線を描いて吹き飛び、情けなく地面に転がった。

「ふーーーっ、ふーーーっっっ、真祖の吸血鬼を舐めおって………この魔物、八つ裂きにしてタコ焼きの具にしてやる……!!」

 手の中に魔力を迸らせながら、エヴァンジェリンが慌てて立ち上がった魔物を睨み付けている。

 その視線を受けた魔物は……目を潤ませて、触手を必死にチガウチガウと左右に振っていた。なんだろうこれ。

「……タカミチ先生」

 茶々丸君の声に、訴えるものを感じて、思わず溜息をつく。
 もしかしなくても、この召喚されてきた悪魔は、助けを求めているらしい。

「うーん」

 なんだか、厄介なことになりそうだなぁ。

 何があったか知らないけど、盛大に怒り狂っているエヴァを宥めるために一歩踏み出しつつ、僕はもう一度溜息をついた。








つづく