第4話 「図工室にある悪魔の絵」放課後では、教室はいつも静かだ。 なにしろ僕らは遊び盛りの小学生なのだから、急いで家に帰って遊びに行くのが普通だし、そうでない子は中学受験を控えて塾に通っている。 だから、ほとんどのクラスメイトが帰ってしまうと、教室の中は一気にがらんと静かになってしまう。 僕だって、教師に呼び出された友人を待っているだけで、それが終わればさっさとこの教室を後にするつもりだった。 それまでの時間を潰そうと、自分の席に座って図書館から借りてきた本を、あまり気を入れないでぼんやりと読む。 そんな時だった。彼女が声をかけてきたのは。 「あ……あのあの、ヒロシ君」 確か、苗字は春花さんだった。名前までは思い出せない。 潤んだような大きな瞳が特徴的な、背が小さくて人懐っこい印象の女の子だ。 少し人見知りのある子で、学年の最初の頃、後ろの席にされたせいで、背が低い彼女は黒板が見えずに困っていたのだが、慣れないクラスメイトたちの中で萎縮してしまって何も言えずにいたのを覚えている。 確かその時、見かねて彼女を前の席の人間と場所を変わってもらうように、先生に提言したのだ。 それ以降は、席が離れていることもあってそれ以来は言葉も交わすこともなかった。 彼女は前の方の席の、大人しめの子達のグループに入って、本来の人懐っこい性格を発揮して人気者になっていた。 「えーと……なにか用?」 ────その筈なのだが、今の彼女の動作は挙動不審そのものだった。 なにかしら緊張しているらしく赤面した顔を恥ずかしげに顔で半分覆って、その大きな瞳は肉食獣を警戒する草食動物のごとく教室内をせわしなく見回している。わざわざ確認するまでもなく、僕と彼女以外誰もいないというのに。 「……きょ……今日は、ナナコさん、一緒にいないねっ?」 「うん」 どうやら彼女の警戒の主な理由は、ナナコだったらしい。 ナナコは僕の友人で、とある事件で知り合ってからずっと、腐れ縁のような関係が続いている相手だ。 彼女は学校でも放課後でも構わずしょっちゅう僕に絡んでいるので、クラスメイトからすると、学校で僕とナナコが一緒にいないのは確かに珍しいことなのだろう。 「それで、どんな用件? もしかして、何か相談ごと?」 わざわざ確認してきたということは、ナナコには聞かせたくない話なのだろう。 僕は手にしていた本を机に置いて、改めて彼女に向き直った。 しばしの間。赤面したままの顔を少し逸らしながら、彼女はボソボソと喋り出した。 「あの……ですね。……図工室の“悪魔の絵”って話、知ってます?」 「………………………………いや、初耳だね」 内心で盛大にため息をつきながら、僕は静かに答えた。 彼女がクラスで属しているのは、オカルト話などが大好きな、大人しい子達のグループだったはずだ。 「もしかして、オカルトとかの話?」 「そうです! この前の七不思議の記事に、その話は載ってなかったですよね?」 僕が予想したとおり、春花さんは嬉しそうに答えた。 ────春花さんが言っているのは、数日前に配られた学級新聞のことだ。 この小学校の噂という形だけで語られていた『学園七不思議』を紹介しようという趣旨の記事で、クラスメイトや他の学年の子まで、あちこちから聞き集めた噂話を網羅してまとめたものだ。 とはいえ実際に書いた記事の内容は、最初に僕が目指していた噂の真偽についての検証などを含む真面目なコラムではなく、いわゆる怖い話特集のような他愛もないものになってしまった。 しかし、これはこれでなかなか好評で、オカルトに興味があるような女子だけでなく男子にもそれなりに評価されている。 やっぱり自分たちが通っている学校の話題となると、また普通のオカルト記事とは見方が変わるんだろう。 「うん。ちゃんと読んでくれてありがとう。嬉しいよ」 「……あ、いえ、面白かったですよっ?」 いきなり礼を言われて不意を突かれたのか、春花さんは驚いたように口元を覆ってから、ウェーブのかかった長い髪を揺らして、コクコクと繰り返し頷いた。 掲載内容にまで言及してるという事はしっかり読んでれたという事だろう。 読者には礼儀を。面白くないと決め付けてプリントをそのままゴミ箱に捨てる生徒だっているのだ。感謝は大事である。 「ほら、わたしって、そういう話好きだからけっこう知ってたつもりだったけど、意外とチェックしてなかった話も多かったですしっ! 先生とかの話で裏づけとかあるのが、説得力あってすごいなーとかっ!!」 「本当はもう少しちゃんと調べたかったんだけどね」 「いえいえいえっ、あれだけ調べてたら十分です! きっと、ヒロシ君にはオカルトハンターの才能がありますよっ!!」 どうやら、僕の書いた記事は彼女のオカルト趣味の琴線に触れるものだったらしい。 人見知りが激しいからこそ、一度仲間だと思った相手には極端に人懐っこくなるんだろう。たぶん。 「えーと……オカルトライターじゃなくて、オカルトハンターなの?」 「はい! 闇に隠された、まだ見ぬ不思議を追いかけて、その正体を暴くのがオカルトハンターなんです!! かっこいいと思いませんかっ?」 「えっと、それってなにかの漫画とかの設定? あんまり詳しくないから知らないんだけど」 「いえいえっ、ネットとかでは結構活動してる人いますよ!」 いるんだ。この現代日本にオカルトハンターが。 僕としてはむしろ、その人たちの存在そのものが不思議なんだけど。 「あっ! ヒロシ君も興味があるなら、明日、学校のパソコンでオススメのサイトとか教えますよ!!」 「え、うん」 「やったぁ! それじゃ、約束ですからね!!」 春花さんは、両手を合わせて嬉しそうに笑った。 なんだろうこのテンション。そこまでオカルト趣味を共有できる相手に飢えていたんだろうか、春花さん。 「あの七不思議の記事を読んでから、ずーっと話しかけるチャンスを狙ってたんですよ。もう、最初に読んだときからこれは間違いなくオカルトマニアにしか書けない記事だって、一発で分かりました!!」 いや違うんだ春花さん。そんなにキラキラ目を輝かせて仲間を見るような目で見ないで。 身を乗り出してくる彼女から身をのけぞらせて逃れつつ、僕はいつもよりも早口になって首をブルブルと振る。 「いや、たいした記事じゃないって! ぶっちゃけ学校中の人達から噂話を聞き集めてまとめただけだし。結構、そういう話が好きな人って多いから、その気になれば量は集まるから!!」 「えー、でも、わたしには聞いてくれなかったじゃないですかー…………」 そう言うと、春花さんは恨みがましく唇を尖らせて僕を睨んだ。 けれど、僕としてはなにやら怪しい方向に向かっていた話題を軌道修正するのにちょうど良い流れだ。 「そうそう、さっき言ってた“悪魔の絵”。結構あちこちに聞いて回ったけど、僕が聞いた噂の中には、悪魔の絵ってのはなかったんだけど、どんな話なのかな?」 事実、僕が聞き集めた噂話の中には、図工室に関するものは一つもない。 俺の質問に、春花さんは熱心に頷いた。 「あ、はいはいっ! ごめんなさい話の途中でしたね? これはもう卒業しちゃった、美術部の先輩から教えてもらった話なんですけど、実は図工室には願い事を聞いてくれる“悪魔の絵”がときどき現れるって話で……」 「へ、へぇ……そりゃあ、初耳だね……ははは」 七不思議の記事なんて書いておいてなんだけど、正直、僕はオカルトにはあまり興味はない。 ……というか、あまり触れたくないというのが正直なところだ。 しかし、どうも春花さんにはそうでもないらしく、僕の生返事にも気付かない様子で熱心に話を続ける。 「運よく“悪魔の絵”を見つけて、絵に願い事をしたら、どんな願いでも叶うそうなんですよ!」 「怪談の割にはファンタジー路線だね」 「なんでも、絵の中には本物の悪魔が入っているんだとか……」 春花さんは、まるで見てきたかのように憧れの表情を浮かべてそんな事を言う。 僕は呆れながら、思わず疑問を口にした。 「神様とかならともかく、なんだって悪魔が願い事を叶えてくれるの?」 「……え、あん、よくわかりませんけど…………」 僕が冷めた声で聞いたせいか、春花さんが急に不安そうな表情になる。 なんというか、しかられるのを待つ子犬のような表情だ。 これはマズいと頭の中で警戒音が鳴り響く。僕は慌てて謝りながら、自分の思ったことを言った。 「ごめん、別に怒ってるわけじゃないんだ。でも、悪魔とかオバケとか、そんな願い事を叶えたりしてくれるような素敵な存在だなんてちょっと思えなくてさ」 「え……で、でも……こう、悪魔だって、契約とかすれば、命令を聞いてくれるって言いますし…………」 春花さんは、しどろもどりになりながらそんな風に答える。 まったく、召喚とか契約とかオカルトっぽい単語って、なんでそれを信じてる人にだけはやたらと説得力をもってしまうんだろうか。なんだか消費者を難しい言葉で煙に巻く詐欺商法みたいだ。 「悪魔なんてワケの分からないものと、まともに会話が成り立つとは思えないよ。契約なんて、なおさらさ」 「…………あの、もしかして、ヒロシ君、実は超常現象否定派ですか?」 厳しめに突っ込んだ話をしていたせいだろう、春花さんは、ちょっと困ったような顔で聞いてきた。 まずい話題を振ってしまったでは、と思っているのかもしれない。 「あ〜〜〜〜……そんなことないよ。というか、信じてなかったらこんなに怖がらないし」 僕は深いため息を一つ吐いた、渋い顔になってるのを自分でも自覚しながら答える。 「ええっ、あ……そ、そうなんです、か……?」 実際には、信じるとか信じないという問題ですらない。なにしろ僕は確かに実物を目にしたのだから。 だけど、僕は人に自分の体験談を語るつもりはない。 追及されても困るので、僕は話を戻すことにした。 「でもさ、“悪魔の絵”なんてホントにあるのかな? 僕の記憶だと、図工室に飾ってる絵にはなかったと思うけど」 そう言うと、春花さんはとたんに嬉しそうに目元を緩ませた。 手の平で笑みを浮かべた口元を隠しながら、とっておきの秘密を話すように僕の言葉に答える。 「あるんですよ! 実はわたし、見つけちゃったんです! 図工室の“悪魔の絵”を!!」 「…………ホントに?」 「はい! あ、でももしかしたら違うのかも…………」 どっちだよ。 「ふふふ、実はすでに願い事をしてましてっ!」 「へぇ、どんなことを?」 「今日はまだちゃんと効力が出てないみたいだから、秘密でーす」 春花さんは、堪えきれないとでもいうように、笑みに緩んだ顔を手で半分隠しながら、くすくすと笑う。 よく分からないが、僕が聞いたら答えられないような願いごとだったんだろうか。 「……えっと、それって僕に言えないような事じゃないよね?」 ちょっとだけ嫌な予感を覚えながら、僕はもう一度だけ尋ねたけれど、春花さんはまたくすくすと笑いながら、逃げるように教室の出口の方に行ってしまう。 「明日になってのお楽しみってことで! ちゃんと効果があったら、ヒロシ君にも見せてあげますねっ!!」 にっこりと微笑むと、それだけを言い残して、春花さんは教室を出て行った。 「お待たせー」 「…………あぁ、うん。………………ずいぶん遅かったな」 「んー、ちょっと色々とややこしい話があってねぇ」 職員室に呼び出されていたナナコが戻ってきた頃には、とうとう教室に残っているのは僕一人になっていた。 教室から出て行くときは『すぐ済むから待っててね』と言われたのに、全然すぐ済んでいない。 「まぁ、いいけどさ」 だからと言っていちいち文句をつけるのも子供っぽい気がして、僕はため息を一つ吐くことで抗議の意志を示してから、黙って立ち上がった。 もうほとんど最後まで読んでしまった本をランドセルにしまう。 「なに読んでたの? 面白い本?」 おどろおどろしい挿絵が描かれた本の表紙に興味を持ったのか、ナナコがひょいとそれを覗き込んだ。 「図書館の本だよ。江戸川乱歩」 「あー、あの椅子の中に入って、憧れの女流作家の肌の感触にうっとりするヤツ?」 「小学校の図書館なんだぞ。少年探偵団と怪人二十面相に決まってるだろ」 いったいそれをどこで読んだんだか。 僕も読んだ事だけはあるけど、あれのどこが面白いのかはまるで分からなかった。 「えー、それはさすがに子供っぽくない?」 「そこが好きなんだよ」 だいたい僕もナナコも子供だ。子供っぽいのは大歓迎すべきだろう。 美術品目当ての怪盗なんて素敵じゃないか。怨恨や遺産目当ての殺人事件なんかよりよほど夢がある。 「ふーん」 僕の言葉に、ナナコが気のない声を漏らす。 もともと同意は期待してなかったので、僕もそれ以上何か言う事無く教材をランドセルに詰め込んでいく。 その途中、昨日から置き忘れていた図工の教科書を手にした時に、ふと、ちょっとした好奇心が僕の中に浮かんだ。 「なぁ。悪魔とかオバケって、願いごとを叶えたりしてくれるもんなのか?」 ナナコは。こいつは僕の知る限り、間違いなく“本物”だ。 なら、なんて答えるんだろう。 僕の言葉に目を瞬かせると、ナナコは急に合点がいったとばかりに口元に笑みを浮かべると後ろの机に手を置いた。 身体を斜めに倒しながら脚を組みながら、わざわざシナなんか作って答える。 「しょうがないなぁ〜。あんまりエッチなお願いはダメだゾ☆」 「…………いや、僕じゃなくて。もっと一般的な話」 そのポーズはなんだよとか突っ込みたいけど、突っ込んだら負けのような気がする。 それよりも突っ込むべき部分は別にある。例えば、僕も完全に把握していない、ナナコの正体。 「そもそも、ナナコって悪魔とかオバケなのか?」 ナナコは、かつての僕のクラスメイト・黒瑠璃ナナコの姿を奪って、そのまま人間のフリをしている“何か”なのだ。 僕に対しては友好的だけど、それ以外のことを僕は何も知らない。 けれど、ナナコはただ肩をすくめて笑う。 「さぁ? だって、悪魔とかオバケなんて言われても、どういうのが“ソレ”なのか分からないし」 「正体不明なものがそうなんじゃないか?」 「だったら、人間だって正体不明じゃない。ヒロ君がなにを考えてるかなんてわたしには分からないしね」 そう言って肩をすくめると、くるりと踵を返し、ランドセルを取りに自分の机の方に歩き出す。 はぐらかされたのか、ホントに自分でも自分が何者か分かってないのか。どちらにしても、これ以上追及しようとまでは思わなかった。 「ナナコの方が、僕より正体不明だろ」 「それじゃ、正体不明コンビだね」 けっけっけ、とおどけて笑うナナコをほっておいて、僕は背中にランドセルを背負ってさっさと教室の入口に歩き出す。 ナナコも自分の机の横にかけておいたランドセルを背負って追っかけてきた。 「ねぇねぇ、今日はどっか行きたいとこある?」 「遅くなったしまっすぐ家に帰りたい」 「えー、せっかく一緒に帰るんだし、どっかに寄ろうよー」 「なんでだよ」 「じゃないと待ってた意味ないじゃん。買い食い寄り道こそ、つまんない学校生活の華でしょー?」 「そういう偏った意見は了承しかねる」 結局、その日はそれ以上、悪魔の話はしなかった。 春日さんが口にした、“悪魔の絵”の話も、話題にするほどの事じゃないと思ったのだ。 翌日、朝のホームルームで先生の口からクラスメイト全員に、春日さんが亡くなったことが告げられた。 「夜中にひどい熱を出して、病院に運ばれたんだって」 春日さんと同じアパートに住んでいるらしいクラスメイトの女子が、そんな話をしているのを耳にした。 なんでも深夜に救急車が呼ばれて、アパートではちょっとした騒ぎになっていたそうだ。その女子も深夜遅くに鳴り響いた救急車のサイレンで目を覚ましたのだという。 両親に付き添われて病院に運ばれていった彼女は、そのまま戻らなかったのだそうだ。 春花はそれほど友達が多かったわけじゃないけど、少なくとも周囲に嫌われるようなタイプではなかった。 だから、ホームルームが終わって先生が教室から出て行った後、騒ぎ立てるようなクラスメイトはいなかったし、親しかったらしい女子のグループの輪からは絶えずすすり泣きの声が聞こえている。 男子はそうでもないにしろ、女子の方は雰囲気に釣られて涙を流している子が多いようだ。 「…………なんだったんだろうな」 僕は、ぼんやりと春花さんの机を見ていた。 机の上には、ホームルームの開始前に先生が置いていった花瓶がぽつんと置かれている。 白い花だ。なんという種類かは分からない。 それがなんて花なのかは、きっと図書館にでも行って植物辞典を調べれば分かる。 けれど、昨日聞き出せなかった、春花さんの願いごとの答えは、学校のどこを調べたって、もう見つからない。 人が死んだという実感はない。けれど、一つの考えが僕の頭の中でとぐろを巻いている。 もしかしたら、僕は昨日、取り返しのつかない失敗をしたんじゃないだろうか。 この世のどこかにいる何者か、あるいはもうどこにもいない春花さんに、自分が責められているような気がして、僕は心の中で繰り返し、昨日の放課後のやりとりを思い出していた。 「悪魔の絵……」 そんなものに願いごとをしたせいで、春花さんは死んだのだろうか。 だから危ないって言ったのに。なんて今更言っても遅い。 「…………関係ないよな。そんなの」 誰に聞かれたわけでもないのに、言い訳じみた言葉を口にしてしまう。 春花さんの願い事は、ちゃんと叶ったのだろうか? 馬鹿げた疑問だと思う。叶ったわけが無い。春花さんは病気で死んだのだから、もうどんな願い事も永遠に叶わない。 彼女が見たという“悪魔の絵”はきっと本物じゃなかったのだ。 そんな話が関係あるはずがない。 『見つけちゃったんです! 図工室の“悪魔の絵”を!!」 白い花が飾られた、彼女の机の方から、そんな言葉が聞こえた気がした。 けれど、僕は机に顔を伏せて、上げようとはしなかった。 「今日は、昼休みが終わったら告別式のプリント受け取って下校しちゃっていいってさ」 「そりゃ良かったね」 「明日はうちのクラスは休みになったよ」 「そりゃ良かったね」 「ほら、ヒロ君が教室出た後、先生が春花さんの話をしたら女子のみんな大泣きして大騒ぎになっちゃって、元々そういう予定あったけど、その大騒動を見て決定したみたい」 「ふぅん」 屋上のフェンスに寄りかかって校庭を見下ろしたまま、気のない返事を繰り返す。 昼休みになったというのに、先生達は職員室でせわしなく会議を続けていて、僕が校舎の屋上に上がるのに使う鍵を借りたときも、誰も理由を問い質したりはしなかった。 別に校舎の屋上に何かあるというわけではないのだけれど、前にちょっとした事件でここに訪れてからは、閑散としたこの場所の空気が気に入って、僕はたまに休み時間にこっそりと訪れている。 今日は、学校のどこでも、春花さんの話を聞かされるのが煩わしくてここに来た。 自分でも苛々しているのが分かる。きっと昼休みに教室に残って、大泣きする女子たちなんて眼にしていたら、彼女達にあまり良くないことを言っていたかもしれない。本当に、ここにきて正解だった。 「ヒロ君、ずいぶん落ち込んでるねぇ。どうしたどうした、一つお姉さんに相談してみないかい?」 「いらない」 僕の横で、同じようにフェンスに寄りかかりながら、ナナコがいつものように楽しそうに笑う。 「まぁまぁ、そう言わずにさ。とっくにネタは割れてるんだから、とっととゲロしてラクになっちゃいなよー」 「……全部分かってるならほっといてくれよ」 「いや聞かないと分からないじゃん」 「あのなぁ、何も分かってないなら思わせぶりなこと言うなよ……」 フェンスに突っ伏しながらそう言うと、ナナコはけらけらと笑った。 「だって、思わせぶりに落ち込んでるんだもん。わたしも思わせぶりなムードを漂わせたくなっちゃってね〜」 「そんなに目立ってた?」 「そりゃ、見る人が見ればねぇ。ホームルームの時からムスッとしててさー。授業中に消しゴムカス投げても気付かないし」 人が考え込んでる間に何してるんだコイツは。 急に自分が間抜けになったような気がして、僕は肩を落として息を吐いた。 「あーあ……」 校庭では、いつものようにに生徒達がサッカーやら野球やらを遊んでいる。 結局のところ、女の子が一人死んだからって、この学校の風景がなにもかも変わってしまうなんてことはない。 ただ、僕はそれを上手くの見込めなくて、少し引っかかってるだけなのだ。 「で、どーよ。いい加減、話す気になった?」 肩を突つくナナコを睨んでから、僕は観念するように口を開いた。 「…………ちょっと、春花さんと約束してたことがあってさ」 「へー」 「春花さんが、『一緒に見よう』って言ってたモノがあったんだけど、結局、見れなかったなぁって話」 僕の話を、分かったような分からないような顔で聞くと、ナナコは首を傾げて口を開く。 「ふーん、一緒に見るって……もしかしてあれ? ピンクのゾウさんとか?」 「よく分からないけど否定はしとく」 きっとロクでもないものに違いないという予感がしたので、説明を求めるのは避けておいた。 どっちにしろ、僕もこれ以上詳しい話をする気はなかったし、なんとなくこれで踏ん切りがついた。 僕は寄りかかっていたフェンスから離れる。 両手を上に延ばして伸びをを一つすると、ずいぶんと長いこと寄りかかったままだったせいか、固まっていた肩が軽く痛んだ。 「それじゃ、ちょっと探してくるよ」 「なにを?」 「悪魔の絵ってヤツ」 屋上から校舎に入る扉へ歩き出すと、すぐ後ろをナナコがついてくる。 当たり前だけど、ナナコが屋上に用事があるわけも無いから、本当に僕を探してきたらしい。 礼を言わなきゃいけないかとも思ったけど、結局僕はそのことには触れなかった。 「そんなのあるんだ。ヒロ君、よく見つけたね」 「僕は知らないけど、実際に見つけた人がいるんだし、たぶんあると思うよ。だから、実物を探す前に、手がかりを知ってそうな人に聞いてみようかなって思ってさ」 もし“悪魔の絵”が本物なら、なにか、春花さんが死ぬ理由となった事実が隠されているかもしれない。 慎重にならなけれ命の危険がある。 重い鉄製の扉を押し開くと、ひょいとその腕の下をくぐり抜けて、ナナコが先に階段に向かった。 階段下まで降りてからくるりと振り向いて、僕を見上げて聞いてくる。 「いったいだれに聞くの?」 僕は屋上への扉に鍵を掛けながら、今後の予定を口にした。 「一人だけど、本物の七不思議を知ってた人に心当たりがあるから、その人」 「ああ、あの子」 僕は彼女の話をした覚えはないのだけど、どうやらそれが誰かはナナコも見当がついてるらしい。 もしかしたら、自分の話を覚えていた相手だから、分かったのかもしれない。 それは、僕が七不思議の記事の取材を始めた時、一番最初に話を聞いた相手だ。 正しい『トイレの花子さん』の噂話。その儀式のやり方まで、全てを僕に教えてくれた、図書委員の山城さん。 もし“悪魔の絵”が本物なら、その噂を彼女も知っている気がする。 もう学校に残っている生徒はほとんどいないというのに、図書室に行ってみると、山城さんはいつものように入口の側の貸出カウンターの向こうで分厚い本を読んでいた。 利用者もいないだろうに図書館に残っている理由は、きっと今手にしている本を見るためだけなのだろう。 彼女は顔を半分だけ上げてちらりと僕を見て、小さく会釈すると、また本の上に視線を戻す。 いつもならそれだけで、読書中の彼女の邪魔なんてしないのだけど、今日はそういうわけにはいかない。 「山城さん、ちょっといいかな?」 「?」 僕が呼ぶと、彼女は本から顔を上げて僕を見た。 まるで夢から覚めたばかりのみたいに、パチパチと目を瞬かせてから、小さく首を傾げる。 「聞きたいことがあるんだ。七不思議の記事のときに教えてもらったみたいな、噂話のことなんだけど」 「うん」 「図工室の噂で、“悪魔の絵”って話、知ってる?」 そんな風に山城さんに聞きながらも、僕の脳裏には、昨日の春花さんとの会話が浮かんでいた。 『図工室の“悪魔の絵”って話、知ってます?』 そういえばあの時、最初に話しかけられたときの台詞も、今僕がしたのと全く同じ質問だった。 だけど僕はまだ“悪魔の絵”を見つけていない。 「もしかして、山城さんなら知ってるんじゃないかって思ったんだけど……」 「知っています」 山城さんはあっさりと首を縦に振った。 「良かった。その噂のこと、詳しく教えてもらいたいんだけど……」 「いいですよ」 手にしていた本に栞を挟んで閉じると、山城さんは僕に向き直ってそう答える。 そして、学校に伝わっているという“悪魔の絵”の噂話を、かいつまんで教えてくれた。 『図工室の悪魔の絵』 ・図工室には、深夜の0時になると“悪魔の絵”が現れる。 ・もしも“悪魔の絵”を見てしまうと、その人は24時間以内に絵の悪魔にとり殺されてしまう。 山城さんが教えてくれた“悪魔の絵”の噂話は、たったそれだけだった。 「……美術部に伝わっている噂話です。わたしは、担当の権藤先生から教えてもらいました」 「そ、そう……」 全部の話を聞き終えた後には、新たな疑問だけが浮かんでくるばかりだった。 何もかも話が違いすぎる。 春花さんが言ってた、『悪魔が願いごとをかなえる』って話はどこから出てきたんだ? まさか、美術部の先輩が悪意を持って嘘を教えたんだろうか。 それに、深夜の0時というのもおかしい。 いくらなんでも、春花さんにそんな時間に学校に忍び込むような動機があるとは思えない。 それに、彼女は僕にも絵を見せてくれると約束した。まさか深夜に学校に行こうなんて誘うわけがないだろう。 一つだけ、繋がるとしたら、春花さんが死んだ理由だ。 彼女が死んだ理由は“悪魔の絵”を見たせいだ。 だけど、どうして深夜にしか出てこないはずの悪魔の絵を彼女は見てしまったんだろう。 ふと思いついて、僕は山城さんに聞いてみることにした。 「ねぇ、美術部の人は、みんなこの話知ってると思う?」 「たぶん知ってると思う。遅くまで学校に残らないようにって、先生が部員に教えてるんだって」 「そっか……」 もしかして、そもそも“悪魔の絵”は最初から先生が考えた作り話なのか? だけど実際に春花さんは死んだわけで……。 どちらにしても、美術部がみんな知ってるようなら、春花さんが間違えて教えらたってことはないはず。 つまり、春花さんはわざわざ僕にウソの噂話を教えたのだ。だったら、つまり………… 「参考になりました?」 黙り込んで考え込んでいた僕に、首を傾げた山城さんが聞いてくる。 僕は頷いて礼を言った。 「…………うん、ありがとう。読書の邪魔してごめんね」 「いえいえ」 そんな風に答えながらも、山城さんはもう閉じていた本を開こうとしている。すでに彼女の興味は僕から本の中の物語に戻ってしまっているようだ。 図書室には彼女以外に生徒の姿はない。 もしかして、先生が来なかったら、このまま日が暮れるまで一人で本を読み続けてるんじゃないだろうか。 僕は内心で苦笑しながら、邪魔をしないように、急いで図書室から出て行くことにした。 「……あれ」 廊下に出てみると、退屈そうに手を後ろにして壁に寄りかかって、ナナコが待っていた。 てっきり告別式のプリント受け取って帰るもんだと思ってたんたけど、律儀に待っていてくれたらしい。 「待ってるなら図書館に入ればいいのに」 「あそこ苦手なの」 ナナコは顔をしかめてそう答えると、壁を後ろ足で蹴って僕の横に並ぶ。 「それで、悪魔の絵の謎は分かったの?」 「……だいたいは見当がついたよ。つまんないオチだけどね」 肩をすくめて答えると、僕は図工室に向かう。 ナナコは不思議そうに『ふーん?』と答えると、僕の後ろをついてきた。 図工室に入った僕は、ぐるりと中を見回した。 学校のほとんどの生徒が帰っている今、中に誰かがいるはずも無い。 そして、壁に掛けられたいくつかの絵の中に、春花さんが言っていた“悪魔の絵”を思わせるものもない。 いつも通りの図工室だ。 「……で、絵はどこにあるの?」 「今探すとこ。見当はついてるから、ちょっと待って」 僕はそう答えて、図工の時間にいつも春花さんが座っている石を探してみる。 机の中を探ったが、残念ながらそちらは外れだった。 ちょっと考えてから、今度は図工室の一番後ろに向かって、絵を描くときに使う画板を並べている棚を探す。 予想通り、ボードの間に挟まれるようにして、一枚の絵が隠されていた。 「へぇ、ホントだ」 ひょいと横から覗き込んだナナコが、僕の手の中を覗き込んで感心したような声を漏らす。 そこには、赤い肌のヒョロリと背の高い体躯をした悪魔の姿が描かれていた。 背景は、黒の絵の具で塗りつぶした真っ黒な世界で、悪魔は手にした三叉の槍に寄りかかるようにして立ち、こちらに視線を向けている。 けれどその絵は、この図工室の壁に飾られている絵などに比べてずっと稚拙だ。 ただの水彩絵の具で描かれただけの、一目で素人が描いたとわかるような、誰が見てもそうと分かるような悪魔の絵。 「春花さんの絵だよ」 「へ?」 ナナコが何かを口にする前に、僕は自分から真相を語りだしていた。 図書室で山城さんから本当の“悪魔の絵”の噂話を聞いたときに気付いた、春花さんの“悪魔の絵”の真相。 「噂話になぞらえてさ、オカルト記事の話題作りに、遊びで描いたんだよ」 昨日の春花さんとの会話を思い出すと、いくつも思い当たるところがある。 例えば最初に僕に話しかけてきたときに、まず“悪魔の絵”の話を僕が知らないことを確かめたことか。 例えばオカルトの事件を追うことに彼女が憧れていて、自分が話を聞かれなかったことを気にしていたこととか。 例えば“悪魔の絵”を『見せてあげる』なんて、まるで自分のもののような言い方をしていたこととか。 たぶん、何事もなければ、今日の放課後とか、僕に絵を見せる直前にでもこの絵を図工室の壁のどこかに貼り付けるつもりだったんだろう。 そうすれば、いつもはないはずの絵が壁に飾られているという状況を作ることが出来る。 だからこの図工室に隠すのが一番都合が良かった。 「春花さん、オカルトの話が出来る友達がいなかったみたいでさ。昨日、僕にその話をした時、すごく楽しそうだったんだよ」 僕は悪魔の絵を机の上に置いてから、ポケットの中から画鋲を四つ取り出した。 悪魔の絵を、図工室の壁に貼り付けて、画鋲で留めていく。 「だから、もっとオカルトの話題を増やしたかったんじゃないかな。……全部、僕の推測だけどね」 「そーかなぁ?」 僕の言葉のどこが気に食わなかったのか、ナナコはどこかつまらなさそうに言う。 僕は肩をすくめて何も答えなかった。 だって、真相を確かめる方法なんて存在しないんだから。 図工室の壁に飾られた“悪魔の絵”を見上げる。本当はこれを、春花さんは僕に見せたかったんだろう。 約束通りにはならなかったけど、これで我慢してもらおう。 「ま、これで、明日か明後日にでも、生徒の誰かが発見してくれるだろ」 「大騒ぎになるんじゃない?」 「いいじゃんか。それで新しい噂になるなら春花さんの希望通りだし」 そう言ってから、僕はさっさと図工室の出口に向かった。 あんまりここに長居をしてると、絵を貼ったのが先生にバレて、後で説教される羽目になる。 ナナコが出てくるのを待って、図工室の扉を閉じようとして、僕はふと思いついたことがあってその手を止めた。 “悪魔の絵”を見ながら、黙祷するように目を閉じて、口には出さずにあることを思う。 『もしもお前が本物なら』 みつけた者は願い事をかなえられるはずだ。 『春花さんが死んだことを、なかったことにしろ』 だけど、そんなことは出来るはずもない。 結局のところ、春花さんが高熱を出して死んでしまったのは、悪魔の絵なんて無関係なのだ。 そうだと分かっているからこそ、わざと僕はそんなことを願った。 その日の夜、僕はあの悪魔の夢を見た。 春花さんの描いた悪魔そっくりの、その赤い肌の悪魔は、絵に描かれていたそのままの、肌に張り付いたような瞳で僕を見ながら、まるで機械仕掛けで動くマネキン人形のように、ぎこちない動作でゆっくりと三叉の槍を振り上げる。 『願いは叶えたぞ』 僕は逃げられるはずなのに、なぜか息が詰まるように苦しくなってその場にうずくまり、もうすぐ槍が刺さるというのに繰り返し咳をしているだけで動くことも出来ない。 槍の先端が僕の背中を押したところで、不意に悪魔が動きを止めた。 その代わりに、耳をつんざくような女の子の悲鳴が聞こえて、僕は汗でびっしょりになりながら目を覚ました。 頭がぐらぐらして、吐き気がして、何も考えられなかった。 ひどい熱を出した僕は、翌日学校を休むことになった。 さらにその翌日、朝のホームルームを受けている途中になって、僕は教室の違和感に気付いた。 春花さんの机には一昨日置かれていた花瓶がなくなっていて、白い花だって飾られていない。 本来なら話に出るはずの、彼女の告別式についての連絡がない。 自分の机を探ってみると、昨日は春花さんの件が原因で休みになったはずなのに、昨日配られたプリントが入っていた。 けれどその中のどこにも告別式についてのものは見つからないのだ。 そして、ホームルームが終わった後、春花さんの隣の席にいた女子に春花さんのことを聞いてみても、誰のことか分からないとでもいう風に、要領を得ない答えしか返ってこなかった。 クラスメイトの名前が全て載っているはずの、出席簿、クラス表を片っ端から見ても、どこにも春花さんの名前がない。 彼女のいた痕跡は、どこにも見つからなかった。 「これで、願いが叶ったってわけか……」 僕があの絵に願った『春花さんが死んだことを、なかったことにしろ』って願いを叶えた結果がこれらしい。 彼女が死んだことはなかったことになった。 彼女がいたことがなかったことになったんだから、当然だ。 本当に悪魔らしい、いやらしい願いの叶え方だと思う。 授業が始まる前に、僕は図工室に走った。 けれど、絵はなくなっていた。 「…………これで、あの絵は本当に“悪魔の絵”になった……のか?」 深夜の0時に現れて、見たものを呪い殺す絵になったのか。それとも見つけた生徒の願いごとを叶える絵になったのか。 もしかしたら、本当に絵の呪いは最初からあって、春花さんはやっぱり絵に呪い殺されたのかもしれない。 “悪魔の絵”の噂は最初からあった。 じゃあ、絵が最初になくても、呪いだけが最初はあって、条件どおりの絵が描かれたから噂が本当になった? 馬鹿げた話だと思う。春花さんのことを誰もが忘れていなければ。 「なってないよ」 くすくすと笑う声が聞こえて僕は振り返った。 いつの間にか、ナナコが図工室の扉から顔を覗かせて、僕のことを見ている。 「ほら、よく見てよ。絵が飾ってたとこ」 真っ直ぐに手を伸ばして、一昨日、僕があの絵が貼り付けた場所をナナコが指差した。 僕は、言われるがままにそこをもう一度良く見て、短く驚きの声を上げる。 四つの画鋲と、破れた画用紙の四隅だけがそこに残っていた。 「……破れてる」 「だって、あの絵、可愛くないんだもの」 何かを思い出すようにくすりと笑ってから、ナナコは僕の脇をすり抜けて、壁まで歩いていく。 一つづつ画鋲を抜いて残った四つの紙切れを手の中に。ピリピリとさらに小さく破ると、粉のようになったそれをゴミ箱に捨ててしまった。 「破って捨てちゃったの」 そう言い残して、画鋲を棚の上に残すと、ナナコは鼻歌まじりに図工室の外へ歩いていく。 半ば唖然としたまま、僕はその背中に聞かずにはいられなかった。 「なんでそんなことをしたんだよ?」 咎めるような声だったと思う。 一瞬だけピクリと肩を震わせて、ナナコは足を止めた。 「だって、あの子。せっかく願いを叶えてもらったのに、それ以上のものを欲しがるんだもん」 図工室の扉に手をかけたまま、半分だけ振り返ったナナコの顔は、僕が初めて見るような憎々しげなものだった。 まるで僕以外の誰かに聞かせようとしているように、図工室の中に響くような鋭い声で言う。 「わたし、そういう意地汚い子、嫌いなのよ」 不意に僕は、あの絵を飾った日に見た夢を思い出していた。 最後に聞こえた悲鳴。あれは確かに、春花さんの声だったのだ。 それからしばらくして、図工室で新しい噂が囁かれるようになった。 放課後一人で図工室を訪れると、机の一つで絵を描いている女の子がいる。 何を描いているのかとその絵を覗き込むと、彼女の手は恐ろしげな悪魔を描いているのだ。 噂話の中で語られているのはそれだけだ。 もしかしたら、その絵を見たときに、願い事をすれば、叶うかもしれない。 あるいは、誰もが忘れてしまった、その女の子の名前を呼んであげれば、彼女にとっては慰みにでもなるのかもしれない。 けれど僕は、噂話になにかを付け足すことはしない。 そうした人間の末路を知ってしまったから。 つづく |